FC2ブログ
2018-12-09(Sun)

中耳炎になって鼓膜を切開

先日、娘(4歳4か月)が慢性的な中耳炎になっていたことが分かり、耳鼻科にて鼓膜を切開してもらい、“鼓膜チューブ”を入れていただきました。



中耳炎に気付いたきっかけは在宅医の先生の診察……



秋に娘が熱を出したことがあったのですが、たまたま耳の中を耳鏡(スコープみたいなやつ)でみてもらったところ、「鼓膜が少し腫れていて色も良くない気がするので、耳鼻科に行ってください。」とのご指示が。




乳児期から視力の問題は指摘されていて、眼科には掛かっていたけれど、耳鼻科はなにげにお付き合いのなかった診療科でした。




先生の診察と、鼓膜に振動を与えて動きをみる検査を受けたところ、「滲出性(しんしゅつせい)中耳炎なので、1度鼓膜を切開して溜まった分泌物を出しましょう」とお話を受けました。







滲出性中耳炎とは……
鼓膜の内側に浸出液がたまる中耳炎で、発熱や痛みがなく(人にもうつらない)、自覚症状に乏しいそうです。




強いて言えば、「聞こえ辛くて不機嫌」だったり、「耳をかいたり」など本人の様子が違ったりするそうで……言われてみれば、「9月頃うちの子、なんか腕を上げて耳を触るような動作をしてたけど、アレ、もしかして、あのときから耳に違和感あったのかな。」と思いました。



治療は一般的には薬で治療することが多いらしいのですが、娘の場合、「かなり長い間蓄積された分泌物があるかも。」とのこと……




なので、

①局所麻酔をした上、鼓膜を切開し、小さな穴をあけて、内側に溜まっている液体を出す 

②鼓膜にあけた穴に小さい細いチューブを通し、通気性をよくして、中耳炎が起こりにくくする


…という対処をしましょう…というお話になりました。







「今まで聞こえ辛かったかも」という話もショックでしたが、処置をきいて、「なんか痛そう…怖いな…」と思った私……当日までドキドキでしたが、思ったより短時間でササっと先生が処理してくれました。





鼓膜チューブ1208 - コピー

↑大きさが分かりにくいのですが、とーっても小さな鼓膜チューブ。こういっちゃなんですが、大きなミミクソみたいなサイズ…。留置後は、鼓膜の塞がりとともに自然にポロっと抜けることが多いらしい。「1~2年はつけるつもりでいてください。」といわれ、「そんなに!?」と驚いてしまいました。







耳鼻科の処置室で娘が暴れないようにある程度身体を拘束し→麻酔液をひたしたガーゼをまず耳(鼓膜)につけて30分待機→その後、鼓膜を切ってチューブを挿入……という流れでホントにあっという間…。




小さなカメラがついた管?棒?みたいなものを耳の穴に入れて、モニターに拡大された映像を見ながら短時間で処置してくださいました。




処置中、特殊な細い吸引チューブで浸出液を吸引してくださったのですが、「ザザザー」っと引ける音がして、本当にたくさん溜まっていたのね……とびっくり……







「鼓膜を切ったらしばらく全く聞こえなるんでしょうか?」「すごく痛いんじゃないんでしょうか?」……と不安に思ってきいてしまったけれど、「むしろ切開したあとの方が、その直後からきこえがよくなるはず。」「破れたら痛いけど、切開の場合は痛みはそんなにない。」とのこと。




(処置前に不安で、訪問看護さんにも色々話をきいてもらっていたのですが…「昔、歩きながら耳かきをしていた子がこけてしまって、鼓膜が破れた子がいたけど、翌日普通に授業受けてたおぼえがあるなあ。」…なんて話をしてくださった方も…。鼓膜破損=全くきこえない…というわけではないのかしらね……子供ってデンジェラスやな…)





娘自身、身体を拘束されている処置中には泣いていたのですが、終了後は案外ケロッとしていて、帰宅後もテレビをみて笑っていたので、様子が物凄く変わったということはなく、よかった…と胸をなでおろしました。






「鼻水・吸引が多かったり、逆流が多いと中耳炎になりやすい。」
「鼓膜チューブをつけていても、内側から鼻水などが常に多く垂れ込んでいる場合、中耳炎は完治しない。」とのこと。






嚥下障害が重く、胃食道逆流アリ、ヨダレ鼻水が多い娘は、中耳炎とも耳鼻科とも長いお付き合いになりそうな予感……。





また今年は食べる練習がかなり捗ったので、「食べさせるようになったせいで中耳炎になったんでしょうか。」と伺ってみたところ、「むしろ食べるようになってからは分泌物が減ったのではないか。」「食べる練習をしっかり行って、嚥下が改善されれば中耳炎もよくなるかもしれない。」ということだったので、ゆっくり治療できるといいな~と希望は捨てずにいたいと思っています。




あと心配なのは、花粉シーズンだったりしてね……うちはどうやら家族全員花粉症っぽいので(涙)




にほんブログ村

スポンサーサイト
2018-12-05(Wed)

恐怖の脱ペーパードライバー

私にとって、長らくミッション・インポッシブルだった娘と2人きりのドライブなのですが、この秋にようやく車で療育園まで通うことができるようになりました。



免許をとったのは5~6年前で、取得後ほとんど運転していないという超ペーパードライバー……。



療育園まで大体車で1時間弱なのですが、運転への自信のなさ、吸引が多いことなどを理由に、ずっと電車・バス(+徒歩)で移動していました。



今年の春になって、通園回数が増えたり、娘の吸引回数が以前より大幅に減ってきたりという状況もあり、なんとか車運転したいなあ…と改めて思い、環境も一新してのぞむことに…。







【カーシートをつくってもらいました】

まず今年の春、療育園のPTさんに相談して「キャロット3」というカーシートをつくってもらいました。


キャロット3とstd - コピー

↑画像左はSTDというカーシートで、画像右がキャロット3。



以前、福祉機器の展示会で、上記画像のSTDとキャロット3という2種類のカーシートに試乗させてもらったのですが、キャロット3の方が装着が簡単で、娘に合った気がして、Sサイズに再度試乗させてもらい、頭部や座面の支えなど、PTさん・装具屋さんにみていただきつつ、少しカスタマイズしてもらいました。




試しのり1202 - コピー

↑キャロット3本体価格:97,000円に対し、私の住んでいる地域で補助してもらえるお金が80,800円。その差し引き金額:約16,000円+頭部の支えなどつけてもらったヘッドレスト代が16,000円で、計大体32,000円の自己負担が発生しました。





以前時々使っていたチャイルドシートは後ろ向きで、姿勢も不安定だったので、安定した姿勢でカーシートに座らせることができて本当に有難いです…!







【福祉車両を購入】

そして、前々から夫とちょこちょこ話していたのですが、思い切って大きい車(福祉車両)に買い替えることに……。


「後方からバギーを積み込み、なおかつ助手席にカーシートを置いて横に子供を座らせる」ことができるようにしました。



車内1202 - コピー

↑娘を助手席のカーシートにのせたあと、スロープを出して、後ろからバギーを積み込みます。


キャロット3取り付け1202 - コピー

↑助手席に置いたキャロット3。娘が横にいるとすぐに吸引できて本当に安心…!





吸引は、路肩などに停めて行わず、大抵長めの信号待ちのときなどにササっとやってしまうことが多いです…。


「アカン、消毒する時間がない…!」と思ったら、一旦吸引チューブを捨て置いて、そのあと消毒……とかそんなテキトーな感じでしのいでしまっています…。


↑↑12/6追加 スミマセン、ちょうど今日旦那と私の運転について話していたら、「信号待ちで吸引はしたらダメだろう。」という議論?になりました。きちんと路肩にとめて安全に行えるようにしたいと思います…!



以前は数分おきに吸引しているような状況でとても自分には運転は無理…とあきらめていましたが、成長とともに吸引回数が少しずつ減ってきました。最近だと調子のいいときには30分~40分に1回くらいですむようになったおかげで、大体片道1~2回のケアで済んでいるような気がします。










【母、出張ペーパードライバー講習を受ける】


さらに……超絶方向音痴で、ドンくさい母……思い切って出張ペーパー講習を受けました。


療育園への道が1人で練習しても全く覚えられない…(ナビが毎回違うルートを出してきたりして混乱する)……駐車の仕方がサッパリわからない……というヒドい有様だったのですが、「先生が出張で来てくれて、自分が普段乗ってる車を使って、自分の行きたい道で練習させてもらえる。」という出張講習を頼んでみました。



来てくれた先生が「覚えやすくて道路が広めで運転しやすい道」を1ルート選択してくれ、それだけを必死で覚えることに専念。


かつ駐車の練習だけをする時間もとってくれ、なんとか基礎を叩きこみました。


出張ペーパー講習は、時間で考えると割高な印象ですが、2時間コース、6時間コースなど、短時間から長時間までオーダーすることができ、密度がとても濃いように思いました。(私は3時間コース×2回を頼んだけど、1往復で2時間かかるのであっという間でした。)










【電車・バスとどっちが楽…??】

これまで公共の交通機関を乗り倒してきた私…。

乗り物内でも吸引したり、駅でも注入したり、ときにスロープをだしてもらったり……色々でした。




ここ数か月、車に乗るようになって思ったのは、「周りに気を遣わなくて楽だなあ。」……と。



電車・バスに乗っていると、娘をジロジロ見る人がたくさんいました…でも娘も周りとジロジロとみていました…(笑)


母は母で、時々周りの人の何気ない言葉にグサッときたりすることもありましたが、それ以上に親切な人たちがたくさんいて、「なんか優しい人多いなあ~。」と(勝手に)励まされることも多かったです。



移動手段は複数持っていた方が(慣れていた方が)よさそうなので、公共の乗り物にも、これからもたくさん乗りたい…!という気持ちも持っています。





***


なんだかんだで今、1番不安なのは、やっぱり駐車がヘタクソすぎること…。


いつも必死の形相ですいている&とめやすいところを探しながら、「何回切り替えしすんねん!」というくらい時間がかかってしまう(>_<)



先日は、なんかドツボに入ってしまって「停められん…どうしよう…」となったとき、他のお母さん??が車から降りてでてきてくれて、「ここをみてこっちに切って…!」と指示出ししてくれました。めっちゃ優しい……そして、ホント、ごめんなさい…。




駐車の自主練どっかでまたやって、もーちょい、自信つけたいですね…。いつも出掛けるとき、ドキドキ感が拭えない母ですが、ドライブもっと楽しめるようになれるといいな☆



にほんブログ村



2018-11-23(Fri)

千葉の有名眼科に行ってきました

関東地域で障害のある子供の“眼”を診てくれる名高い眼科といえば、平和眼科(池袋)か、かわばた眼科(浦安)かのどちらか……というのがまわりのお母さんたちや先生方からよく聞くお話でした。



(最近、これに加えて八王子市にある菊池眼科というところもいいらしいときいたけど、知らないだけで他にも色々あるのかな……。)



平和眼科に行ったというお友達からはよく「待ち時間がとにかく長いし、待つ場所もかなり狭い。」ときき、「医療ケアのあるうちの子にはシンドイかな。」と、浦安にあるかわばた眼科の方に今回行ってみることに。






私の娘(現在4歳4ヶ月)は、既に3歳から地域の総合病院の眼科にも通っていて、今年には2本目のメガネを作っています。



が、ここでの視力測定で遠視の度数に変化があったこと、せっかく作った2本目のメガネを嫌がることなど、気になることがあって、セカンドオピニオン的なものを良い眼科があればきいてみたいという気持ちが出てきました。



メガネ2本1123 - コピー

↑フレームは全く同じものを選んだので、掛け心地に差があるとも思えなくて……





総合病院の眼科の先生に、「視力改善のために出来ることがあればしたいと思っているので、評判の眼科に紹介状を書いてもらえないか。」とお尋ねしたのですが、返ってきたのは、「他の病院に行っても出来ることはないので紹介状は書きません。」というお答え…。





ダメ元でかわばた眼科に直接電話し、「紹介状がなくても障害の重い子の目をみてくれますか??」と聞いてみたところ、これがすんなりOKしてくれ、その上「予約が先になってしまうが、なるべく待ち時間が少なく、重度の障害の子の目を見慣れている技師をつけます。」と物凄く親切に応対して下さいました。




眼の見え方の説明って難しくてなかなか理解しにくいところが多いな~という所感は同じだったのですが、色々きけて行ってとてもよかったと思っています……!










【娘の遠視の度数】

今回掛かった眼科さんで、まずスコープを使ったり、シマシマ模様のボードで娘の目をみてもらったりして、初めて娘の視力の値を正確に教えてもらったのですが……



右目:0.21
左目:0.077


でした。



値をきくと、すごく見え辛そうだと思ったのですが、技師さんがランドルト環のカードを使いながら、「この位の距離でこれが判別出来るくらい見えている。」という具体的な説明をして下さいました。


ランドルト環1123 - コピー

↑視力検査といえば…のランドルト環。





うちはママもパパも近視。


遠視と近視の見え方は大分違うみたいで、遠視の度数をきいてもピンとこなかったのですが、思ったより結構みえてるんじゃない??と個人的には感じました。






また今年作った眼鏡と昨年作った眼鏡2本を掛け比べて娘の状態を診てもらうことに。


メガネ2本比較1123 - コピー

↑+(プラス)は遠視の度数、-(マイナス)は近視の度数。娘は遠視。




「古いメガネの時の方が目の動きがいい。」「新しいメガネは度がキツイのかもしれない。」「本人が不快な態度ならそれなりの理由がありそうだ。」という話になりました。





「子供の視力はその時々で誤差がでやすく、測りにくい。」と、掛かりつけの総合病院の眼科の先生も仰っていたのですが、本人が見え方を訴えることができない場合、診てくださる人によって差が出そうだなあ、と感じました。










【外斜視について】

また娘の目は外斜視なのですが、以前から「外斜視はなおせない。」「外斜視だとモノの距離感が掴みにくく、立体視ができにくい。」と言われていました。



外斜視1123 - コピー

↑ピントがあわずに目線がずれていく…。




この“距離感が掴みにくい”というのが、どういうことなのかよく分からなかったのですが、「日常生活で大きな支障がでるようなことはほとんどありません。」「強いて言えば階段を降りるときに降りづらいぐらいです。」とお話くださいました。




「外斜視の場合、手術をして、目の位置を真っ直ぐにすることもできる。」「けれど、真っ直ぐにしても、結局また外れていくので意味がない。」というのも前々からきいていた話だったのですが……



こちらでは、「(手術をすることで)まず真っ直ぐに目の位置を持ってきてその間に左の視力をあげることができる。……という考え方もあります。」……と。



(ただやはり時間の経過とともにズレていくことが多いみたい…。)






眼科の先生の間でも“外斜視はどうせズレたりするので遅く手術”と考えられることが多く、全身麻酔も必要なので、中学生くらいになって検討する方が多い、とのことでした。



確かに“目の手術”“全身麻酔”ときくと、あまり気軽に積極的に考えようと思わないなあ……。











【右を遮断して左の視力を鍛えよう】


娘の場合、左右で3倍近くの視力の差があるというのは結構大きな差で、これには今からでも対策をした方がいいと、アドバイスをくださいました。




眼鏡越しに、「良く見えている健眼」の方にアイパッチや薄紙を貼ったり、あるいはわざと焦点が散らされる目薬を点眼するなどして、見えにくい方の目を使わせる状況をつくり、視力を鍛えるという方法をすすめられました。



アイパッチマリア1123 - コピー

↑おススメされたmalliahというメーカーのアイパッチを購入。Amazonで送料込みで1,500円位でした。



アイパッチ装着イメージ1123 - コピー

↑内側がこんな感じでピッタリとフィットします。




健眼遮断で見え辛くなるためかなり嫌がるだろうとのこと……。最初は2分くらいからスタートし、視力が改善してくると20〜30分続けられるといいですね、とお話くださいました。



以前、総合病院の方にも私から、「眼帯などで片方を遮断してする訓練はウチの子はしなくていいんでしょうか。」と伺ったことがあったのですが、「やっても意味がない。」というお答えだったので、今回きけた新しい意見の1つでした。







また「遠視と同時に近視になることはありますか??」とこちらでお尋ねしてみたのですが、娘の場合それはなさそうとのこと。


なので、近視が懸念される場合には一般的に良くないとされる、テレビやスマホ動画なども、どんどん見せていって大丈夫ですよ、という意外な一言が。


アイパッチ本人装着1123 - コピー

↑まずは1分、動画をみせるのが目標!やっぱり嫌がってメガネを外そうとしましたが…。



お互いストレスのない範囲でちょっとずつトライしてみたいです☆










“よりよい診療科”を探してあちこち回るのは、子供にとってもシンドイし、親は親で情報過多になって混乱したりもするし、考えものなところもあると思う……




普段から掛かっている総合病院の眼科に、別に不満を持っていたわけではないのですが、今回新しい眼科で「こういうことをするといいよ。」という具体的なアドバイスをもらえたのは、嬉しかったですし、自己満足かもしれないけれど、親の気持ちの面での納得!?が得られたように感じています。




メガネでもなんでも、補助的な道具や親のサポートで、娘にとって生活しやすい状況が得られるなら、トライしてみたいな、と改めて思いました。



地域の総合病院の眼科にはそれはそれで引き続き掛からせてもらおうと思っていて、(紹介状を断られたという経緯もあり)こんなブログに色々書いといてなんですが、今回の診察については行ったけど行ってないことにしておいて(笑)、上手くやり取りできたらなと思っています。





にほんブログ村
2018-11-17(Sat)

明治時代の知的障害児施設/"お産の歴史"

気付いたらもうすぐ冬が来ようとしていますが、気分転換も兼ねてこの秋に読んだ2冊の本の感想を少し書いてみたいと思います。




1冊目:「筆子とその愛」……明治時代の知的障害児施設

以前明治時代の偉人を集めたサイトを読んでいたとき、「日本ではじめて知的障害者福祉に取り組んだ人物の1人」として石井筆子という女性の存在を知り、興味を持って読んでみた本です。



筆子とその愛 - コピー

「筆子とその愛」山田火砂子・車取ウキヨ著・ジャパン・アート出版 1861年長崎県に生まれた、石井筆子という女性の生涯を描いた”小説”です。





小説で描かれた歴史上の人物の話ってどこまでホントか分からんよね~という気持ちもありながら読み始めましたが、そんな思いを忘れて没頭してしまう、かなり重みのある作品でした。



筆子は裕福な家に生まれた才色兼備の女性でしたが、出産した3人の子供全員に病気・障害があるという、予想だにしない苦難の人生が待っていました。




長女を出産したあと…2歳の時に医師から我が子が障害児であるという告知を受けます。


「世の中には何千何万の子を持つ母がいるのに、どうして私だけが…。」

「子供を殺して自分も死のうと思った。」





思いを重ねて読んでしまうところもありましたが、今と違って何の情報もなく、偏見が溢れていた時代、どれほどの苦しさだったことか…想像を絶するものがありました。







3人の子供を出産後、さらに夫の死という辛い出来事にであう筆子……けれど孤児や知的障害児の教育機関設立に奮闘する石井亮一という男性との出会いにより、人生がまた一変します。



亮一と惹かれ合い再婚した筆子は、学園の経営のため、知的障害児の療育のために奔走することに…。








明治時代といえば、日本が欧米諸国に追い付こうと必死だった時代というイメージがありますが、亮一と筆子が設立した滝乃川学園は、渋沢栄一や勝海舟、津田梅子など時代を代表する人たちが支援し、皇室も存続に力を貸したことでも知られているそうです。




「障害のある人がどのような暮らしをしているかをみれば、その国の本当の文明度がわかる」……なんて言ったりもするみたいですが、国主体で障害児の救済・教育を推し進める段階になかった時代においても、援助をする人たちがいたというのはどこか救いのように思われました。






また亮一と筆子が2人ともクリスチャンであるということ、2人が施設運営のための参考に渡米し欧米の研究を継承している点なども、歴史の一端として興味深く感じました。



信仰心などが全くない私ですが、こういった社会的弱者への援助の精神は、キリスト教が文化の背景にある国からもたらされてきた部分が大きかったりするのかなあと思ったりもして…。




ただ思春期から自らの意思でカトリックの薫陶を受けてきた筆子に対し、夫の亮一の信仰のスタートにはどこか壮絶なものを感じてしまいました。



罪悪感を背負うようにして子供達を助けようと奮闘し続けた亮一…筆子が伴侶となったことは彼にとっても大きな救いだったのではないかと思います。




読んでいて胸にズシンと来るばかりで、感動とか美しい愛だとか、そんな言葉ではとても片付けられないような思いが沸々と湧いてくる作品でした。




***







2冊目:「お産の歴史」……産婦人科医がまとめる、縄文から現代までの出産の歴史

こちらの本は小説ではなく、産婦人科医の先生が執筆された新書で、”歴史考証“に終始しているとてもシブい1冊でした。




お産の歴史 - コピー

「お産の歴史」杉立義一著・集英社新書



当時の書物や絵巻、あるいは伝承など色々な史料から、“日本人の出産の歴史”を振り返る内容になっているのですが、シブいながらも意外に読みやすい内容でした。





1番大きく取り上げられているのは江戸時代……特に賀川玄悦という人の功績について深く語られています。



回生術という独自の方法で母体救出を行っていたこと…分娩時の姿勢について新たな見解を打ち出したこと…当時オランダとさほど変わらない時期に”胎児の正常胎位の考え方””を独自に発見していたということ……などなど奇人といわれながらも後世にまで大きな影響をのこした人物伝に、「すごい人がいたのね〜」と驚きながら読みすすめました。





他にも、日本で初めて(1852年)帝王切開を成功させたといわれる医師のお話なども印象的です。




ただどのくだりを読んでも、産難に遭ったとき、昔は「母子両方の命を救う。」のは非常に困難なことで、「母のみの命を救う。」ことがまず大きな目的・目標であったことが窺い知れて、出産の怖さというか厳しさというか、そういったものもまざまざと感じてしまいました。






また「昔の人の出産はさぞかし大変だったに違いない。」「昔の女性は1人で出産に臨んでいたのかな。」というイメージを勝手に持っていたのですが……「1人で産んでいたのかな。」というイメージについては、この本の読後、かなり違った印象を個人的に受けました。




祈祷師やお付きの女性など大勢の人に取り囲まれた貴族の女性の出産……産室が人目の多い大通りにあり来訪者が多かったという庶民の出産……1950年代までは自宅分娩が主流で懇意の隣人が集まってお産の世話をし合っていたという状況……などなど、今の現代の方が「お産は家族の中で母1人でのぞむもの」「あとは病院にみてもらう」という意識が強く、ある意味孤立したところがあるのかも!?なーんて思ってしまったりして…。







「いくら科学が進歩したとはいえ、あらゆる不足の事態が予想され、母子健全の完璧を期することは、並大抵のことではない。」…という言葉は障害のある子の母としても何だか胸に突き刺さってくる言葉…。







学校でも、妊娠や出産について保健の授業やなんかで習ったりした記憶はあるけれど、当時私が受けてきた内容はどちらかといえば「望まない妊娠を避けよう」という趣旨が強かったんじゃないかな、と振り返って思います。




出産に対する具体的なイメージなんて学生の頃には全然ピンと来ないもんだよなあ。




「望んでも子供を授かれるとは限らない。」「コレという悪習慣がなくとも、障害を持った子供が生まれる可能性は当然ながらにある。」




自分が少数派の側にまわったから思うことなのかもしれませんが、もっと若い時分にこういう認識があってもよかったのかなあ、なんて思ったりもして……。あってもなかなか当事者にならないとわからないことだらけですけどね~。





読む前は、ちょっと暗い本かもしれないと思っていたのですが、意外な興味が深まる本で、少しでも多くの母子を救おうとする産科の先生たちの奮闘の歴史に、どこか胸の熱くなる1冊でした。




にほんブログ村





2018-11-10(Sat)

4年越しに産院と話をして…

先日娘を産んでから初めて、出産した産院を訪れてお話をさせてもらう機会がありました。



産科医療補償制度の申請にあたっては「出産した産院に連絡をとる」というのがファーストステップだったのですが、事務担当の人と遣り取りをしただけで、先生にお会いする機会は皆無だったのです。



今回私の方から先方にお電話し、「改めて先生と少しお話させてもらえないか。」とお願いしたところ、アポをとりつけることができました。

(夫と話し合って、「夫に娘をみてもらって、その間に私が1人で話をききにいく。」ということになりました。)





***


面談には、産院の医師の先生と、助産師長さんと思われる方(以下:師長さん)の2人が来てくださいました。



忙しい中時間をとって下さったことに感謝をお伝えし、娘のこれまでの生育歴や現在の状況について……生まれたときにここで何も説明が受けることができなかったということ……今日は原因分析の内容も含めてお聞きしたいことがある……等々私から話をさせてもらいました。




産院の先生はやはり普段とてもお忙しいらしく、この日わざわざ休診日に時間をとってくれていたのですが、それでも急に診なければならない患者さんがこの日も出たようで、開始早々席を外してしまうことに…。



※以下は師長さんとのお話に基づくものになります。



この産院の先生は本当に無口な先生で、助産師さんがかなりお産を取り仕切られている印象を受けたので、先生ほぼ不在という状況ではあったのですが、話した内容諸々は一応満足できるものでした。









【脳幹部分にのみ障害がある脳性まひ!?について】

まず娘の病状をお話しさせてもらいつつ、脳幹のみに障害があるらしいという脳性まひについて少し伺ってみたのですが、


「脳幹のみに障害があるというのは特徴的で、お産のときではなく、その前、妊娠中の脳の形成の過程で何かあったのではないかと思う。」

「生まれるとき、低酸素で脳の外側が圧迫されることはあるが、それが脳幹・脳のコアまで到達することは滅多に考えられない。」




…というのが、こちらの師長さんが経験則から語った意見で、これが正しいのかは分からないのですが、何となく娘の以前の主治医の先生と似た考えのように思われました。




また師長さんから、「(私の娘の)アプガースコア6点という数値も、身体が硬直していて、動きがない・活気がないことからくる採点で、出産前の心拍の記録をみても分娩時に赤ちゃんが苦しかったとは思わない。」というお話もあり、この辺りもはじめて耳にする情報でした。









【“生まれる前から障害に気付かないものなんでしょうか??”】

これは、私の方から口に出したわけではなかったのですが、何かの話の流れで、師長さんのほうから口にされた話題……。



「障害のある子が生まれると、なぜ気付かなかったのですか??と親御さんから問われることが物凄く多い。」と。


「でも技術の進んだエコーでも分からないことは本当に多い。臓器の疾患、手足があるかどうかなども、赤ちゃんの位置次第では発見できないものなんです。」と。





でもねえ…「親ならなんで気付かなかったんだ、ってどうしても思うよなあ。」とここは思ってしまいました…。(自分もそうだったし…)



障害のある子が嫌だとかそういう問題ではなくて、〝分かっていれば事前にハイケアが受けられる施設にいられたかもしれない〟〝よりスムーズに治療できて二次的な障害を防げる可能性も高まる〟…と後になってから色々思いが湧いてきたりもして…




子供のためによりよいベストな状況があれば後からとつい願ってしまうのも、親の思いじゃないのかな……と個人的な自分の思いを重ねてですが、感じてしまいました。










【自分が後悔していたことについて】

そして、4年も経ってなんてシツコイ、なんてウットオシイ人なんだ…!と思われるのは承知で、出産後自分が抱いてきた思いを少し吐露させてもらいました。




「娘がNICUに搬送されるとき、私は一緒に運ばれず、産後の経過をみるため5日間、1人だけこの産院に残る形になった。あとになって、私も娘と同じ病院に一緒に搬送(あるいは移動)できるようになぜ頼まなかったのか……そこで早く母乳を届けたり、もっと出来ることがあったのではないかと後悔している。」


「ここにいた5日間の間、母乳を運びたいから搾乳の指導をしてほしいと何回も頼んでも誰も相手にしてくれなかった。先生も助産師さんも誰も娘のことを説明してくれなかった。」


「今振り返ると、なぜもっと大きな声を出して、子供のことを聞いたり、自分の希望を言わなかったのだろうと思う。」







師長さんは黙って聞いてくれつつも、「赤ちゃんと一緒の病院にいたかった」という点について以下のように話してくれました。


「もし希望を口に出したとしても、私たちにそれを叶えられたかどうかは分からない。」

「転院させようと思っても、この地域の入院施設はものすごく混んでいて、病院ベッドが確保できるとも限らない。」

「どの道ここ(産院)に残ってもらうという可能性も充分にあり得た。」







結局切迫早産のときに、より大きい病院に罹れなかったのも、産後母体を転院できなかったのも、地域の医療の受け皿が小さいという事情に左右されてしまうところもあるのかな~と話をきいていて、少し疑問に思ってしまうところもありました。








【”分娩監視装置はずっと付けているものですか??”】


今回の産科医療補償制度の分析の中にて、「子宮収縮薬投与後、分娩監視装置を時々外しているのは基準から逸脱しているので、産院に提言します。」…みたいなくだりが記載されていました。


※11/14追加 上記の文ですが、”陣痛促進剤を使った場合”というのが抜けていました。


娘の出産前後、産院がとても混んでいたのか、助産師さんがすごく忙しそうで自分の所にはほとんど来ないという所感が残っていた私……(そしてどこもこんなモノなのかなあ、と。)




途中、「いきみ逃がしをしたいので歩いたりしたい。邪魔なので監視装置を外していいですか。」ときいて了解をとったことは覚えているのですが、アレよくなかったの…?と疑問に思ってしまってこれについても訊いてしまいました。



こちらについては、

「分娩室に入ってからはずっと付けておかなければならないが、陣痛室での付け外しはよくある。●●さんの監視装置は分娩室に入ってからはずっと付けていたので問題ありません。」というのが回答でした。


(およそ30分しか分娩室にいなかった気もするが…)





またさらにぶっちゃけて、「私が陣痛室にいる間、全然見てくれてなかった気がしてるんですが、助産師さんって割と傍についていないもんなんでしょうか。」と訊いてみたところ、これについては、「“何で私の方を全然みてくれないの!”とそういう苦情を受けることはしょっ中ですよ。」と。





「お産が順調な人にはずっと付いていないんです。」

「でも分娩監視装置が常に赤ちゃんの心音を転送していて、お産が難しくなっている人のところにいち早くかかれるようになっているんです。」
…とのこと。




そーすると、入院してからほぼ陣痛室にいて、分娩監視装置を(許可とった上だけど)外しまくってた私って大丈夫だったのか…という話に戻ってくるんですが、「生まれる30分前に記録された心音に異常がないなら、その前も異常がないだろう。」というのがこの師長さんの意見らしい。




この辺りどう捉えるか素人にはよく分からない…ビミョーな気もする……けどだから原因分析の中でも「基準から逸脱」とあったのかな…とボンヤリ思いながら聞き流してしまいました。



この分娩監視装置のことなど、前々から(というか4年も前から)お産の途中に疑問に思ったことなどを数点きかせてもらい、気持ち的にスッキリした部分もありました。











【産科医療補償制度は、“分娩時に低酸素になった可能性が疑わしい”…という人だけが対象になるのか??】


さらに、前回記事の最後らへんに書いた私の疑問を、この師長さんにもお尋ねしてしまいました。



「今回私が産科医療補償制度の補償対象内になったのは、結局のところ、分娩時に低酸素になった可能性がゼロではないから……ということなのでしょうか。」という聞き方を敢えてしてみたところ……


「分娩時に低酸素が起こっていなくても、補償の対象になる場合もある。」というのが師長さんの答えでした。






(※前回記事(コチラ)と内容が重複しますが)

産科医療補償制度が公式で出している文章に“先天性や新生児期の要因によらない脳性麻痺であることに該当する場合に、「分娩に関連した」と判断することにしている。”…。とありますが、娘の場合が多分まさにコレ…。




分娩のときに低酸素になっていない…そしてその他色々探って引っかかって来るものが取りあえずなかったという原因不明の脳性まひ……ウチの場合画像異常もないという状況もあいまって謎な気もするんですが、「原因不明だからこそ補償対象になったと考えて下さい。」という言葉をいただきました。






そして師長さんは、「脳性麻痺の内、30%はお産のときが原因。のこりの70%は感染症など、もう生まれる前から原因があったと考えています。」…ともお話になりました。




以前読んだ本(「脳性まひ児の早期治療」/過去記事に書いた本)の中で、「脳性麻痺の多くは(低体重出産・周産期の胎盤や臍帯のトラブルも)生まれる前に要因がある。」…というような説!?を目にしたことがありましたが、この産院の師長さんは極めてこの考えに近いな~とお話していて個人的にですが感じました。




何が正しいのかこの辺りサッパリ分からないけれど、原因不明のものについても、いつか少しずつ分かることがでてきて、脳性まひ発症の防止に繋がらないのかな〜なんて、やはり思ってしまいますね……。










【産科医療補償制度で救済されるのは…】


色々お話させてもらったけれど、今回1番印象に残ったかもしれない師長さんの言葉……。


「産科医療補償制度が出来てから、私たち産科に携わる人間は物凄く助かっている。」

「この制度が出来る前は、本当に沢山の先生が責められて、産院を畳んだり、別の診療科に移ったり、そんなことがたくさんあった。」

「産科医療補償制度は、産科の先生と母子の両方を救済しようという制度です。」






これを伺ってこの制度はやっぱり「国の少ない産科の先生を守る」というのが1番の本当の目的で、その目的はとても大事だし、制度はその目的を上手く達成できているのかな、と思いました。





師長さんとのお話の途中、「こういう場(=産科医療補償制度の対象家族と話しをする機会)はよくあったりしますか?」と何とはなしに思い切って訊いてみたのですが、少し驚かれた様子で、「いいえ、滅多にないんです。実は制度の対象者は●●さん(私の名前)で2人目なんですよ。」とお答えくださいました。






資料で確認した情報ですが、こちらの産院は、私が娘を産んだ前年度の分娩件数が約760件となっていました。



補償制度がはじまってから10年間の分娩件数を、雑だけど単純に掛ける10して約7600件あったとして、その内の2件……確かにごくごく少数の数字のように思ってしまいます。




そして同時に単に障害のある子供の出産がマイノリティというだけではなく、対象となれる家族がさらに少ない、少なすぎるという印象も持ってしまいました。









***

これまで産院について「もし何事もなく子供を産んでいたら、過程なんて何も気にならなくて、良かった思い出だけが残っているんだろうなあ。」とよく思っていました。



いざ訪問する前の日になってやっぱり行きたくないかもと思ったり、産院に着くと涙が出てきたリもしたけれど、出産後にずっと言えなかったこと・聞けなかったことを今回ぶつけることができて、心が軽くなったようにも感じています。



娘はこれからも定期的にMRIも撮るし、(大きくなってから損傷が見えてくることもあると聞いているので)あとになって更に分かってくることも、もしかするとあるのかもしれませんが、そのときはそのときでまた何か書けるといいなと思っています。



にほんブログ村



プロフィール

マカロニ

Author:マカロニ
原因不明の脳性麻痺の娘・あおいについて綴るブログです。喉頭気管分離オペ・胃ろうオペを受けています。

最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
愛読しているブログ
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR