2017-06-01(Thu)

娘と2人でランチ ~障害のある我が子を連れての外食で迷うこと~

私の密やかな憧れ……それは、休日ファミレスで揃って食事をする家族だったり、平日ベビーカーを連れながらママ友同士でランチするお母さん方だったり……

いつも日曜日に夫婦交代で、娘を代わる代わる自宅でみつつ、気分転換も兼ねて1人ずつランチに出かけているのですが、お店にて、お子さんを連れて家族揃って外食している方々を見る度にうらやましく思ってきました。


昨年からの私と娘の在宅生活は、大方引きこもりといっていい有様で、「病院生活に戻りたくない」「感染症がこわい」「吸引が多いから外に出るのがしんどい」…と、これまであまり外に出て行くことに積極的にチャレンジしてきませんでした。

(かろうじて出来ていたのがスーパー・本屋への買い物と、ファーストフードのテイクアウト。)


しかし、4月から保育活動がはじまり、胃ろうオペ後の経過も落ち着いてくると、娘とともにもっと外に出てみたい、普通の生活をしてみたい、という意欲が湧いて来ました。


障害児を連れてのお出かけ…その子供の障害によって、親が悩むことも人それぞれのような気がします。


けれど多くの親御さんが子供を連れての外食に当たって気にされることといえば、子供が走り回ったり、大声で泣いたり叫んだり騒がしいということだと思うのですが、こと私の娘に関して言えば、肢体不自由で、気切(分離)オペもしているので発声が不可……と、こういった悩みとはある意味、無縁でいられるのです。



そんな私が娘を連れて外食することについて、なにに一番迷いを抱いたかというと、やはり店内で吸引をすること。

「かわいそう」と言葉をかけられることや、奇異の目線でみられることは、気にしても仕方ないと、少しずつ自分の中で割り切ってきました。


けれど娘の障害を恥と思わなくても、往来にて堂々と医療ケアをすることには少しばかり恥じらいを感じてしまうのです。
(電車の中で化粧するのはちょっとね…みたいな感覚かもしれません。)


特に、食事をする場所や食品を扱う場所で、いわば体内のものを外に出すという吸引をすることについては、“なにも知らない人がはじめてみると、驚くかもしれない”“もしかしたら不快感を与えるかもしれない”…などと不安になることもあるのです。


この吸引について、言葉で説明するのって意外と難しい…と思うのは私個人の感想なのかもしれませんが、

以前、障害児育児とは縁がない友人に、娘本人がいない場所で娘について説明するときも、

「嚥下障害っていって、自分の唾も飲み込めなくて……それを機械で吸わなくちゃいけなくって……歯医者さんで歯をガーってやってもらってるときに、口にたまる水をガーって吸ってもらうアレみたいな感じなんだけど…」

と、実にしどろもどろな説明になってしまいました。


娘と一緒に飲食店を利用するにあたって、店内に入る前に、この吸引について説明した方がいいのか。

事前にお店に電話でもして、医療ケアのある子と食事してもよいか訊いた方がいいのか。

そのあたりがどうにも気になってしまいました。

不安に思って、訪問看護さんたちなどに色々相談させてもらったりもしたのですが、
「そこまで反応しなくてよいのではないか。」「あおいちゃんの顔をみせれば十分分かってもらえるのではないか。」などとアドバイスをくださいました。


そうよね…。私も自分が飲食店でバイトしていたから思うけど、本当にいろんなお客さんが来られて、中には信じられないような要求をされる方もいるのよね…。娘と私が一緒に入店するくらい、いいんじゃないかしら。もしお店の人や他のお客さんから、なにか指摘されるようなことがあったら、そのとき省みることにしよう。



そんなわけで、あおいの体調がよさげで、吸引も少なかった先日、はじめて娘と2人きりのランチにチャレンジしてみることにしたのです。


といいつつ、はじめての経験だったので、お店に関しては以下の点に気をつけてみました。


●入りやすい雰囲気かどうかを重視し、ファーストフート店やカフェっぽいお店、ファミリー層が利用するレストランなどをチョイスする


●お店が空いている時間(11時頃というランチには少し早めの時間など)に行ってみる

●自分が以前利用したことのあるお店にして、店内のテーブルスペースが、各々ゆとりあるようなお店を考えてみる




お店の入り口では、
娘の顔を店員さんにみせて、「この子と一緒に店内で食べてもいいですか?」「ちょっとケアが必要な子なんですが、中で食べてもいいですか?」

というような感じで、ごく簡単におききしました。

(その後利用させてもらったお店も含め)店員さんがみなさん快く迎えてくださった上、私が頼まずとも、広さに余裕のある席や、角の方の席を案内してくださったり、ベビーカーを留めるスペースをあけてくださったり、とても親切にしてくださいました。

(対応していただいたことで嬉しかったことは、今後、お店のアンケートなどお伝えできるような伝手があれば、そういうもので発信したいとも思いました。)


心配していた吸引については、数回あり、ベビーカーのルーフを下げながら、目立たないようにチョコチョコっとさせてもらったのですが、閉め切った家の中では気になる吸引機のモーター音も、雑音のある外、BGMの流れる店では意外にそれほど気にならないように思えました。




ランチ0531 - コピー

↑「え…私の分ないの?」と、こちらに訴えかけるような目線のあおい。
近くにあるちょっとオシャレなカフェでのランチにトライしたときの写真。サラダプレートみたいですが、これがなんとメインのお料理。お恥ずかしながら、いつもお昼にカップ麺や卵かけご飯などを食していることも多い私にとって、まさに五臓六腑に染み渡るおいしさでした…。




家でずっと2人きりでいるよりも、たまにこうして外出できること…外で私が食事をする姿をあおいがみること…時々ほかのお子さん連れの方の賑やかな声がきこえること…どれも娘にとって刺激になって、とてもいいように思えました。


私自身も、家に長い時間子供と2人きりでいるよりも、外の空気を吸うことで、随分と気分がリフレッシュされるものだと感じました。


そして、正直に思ったのは、2人だとちょっと寂しいかも…ということ。


こういうとき、気軽に一緒にランチできるようなママ友が自宅近くに住んでいるといいなあ、多分もう一人いるとお店に入るのにも心強いんだろうなあ、と素直に思ってしまいました。

この先、私自身が地域で色々つながりを広げられるかどうかも、トライしていきたいことのひとつかもしれません。


でも、今度はまず、家族揃っての外食にもトライしてみたい……休日になってしまうと店内が少し混んでいるかもしれないけど、より賑やかであおいにとってもより刺激になるかもしれないので、今度夫にも相談してお出かけしてみようと思いました。


一日が終わるたびに、無事に過ごせたことに胸をなでおろすような毎日ですが、家族で食事にでかけたり、行楽施設にいってみたり、旅行にでかけたり……色々してみたいこと、密かに抱いている野望はたくさんあります。


医療ケアが必要なことで、まわりに目を配らなければならなかったり、その視線が気になったり……そして、自分が気付かない点やまわりの人との意識の差に、学ぶ場面も沢山でてくるかもしれません。

けれど、少しずつ、娘との日常的なイベントを楽しむことができないかと思っています。


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2017-04-19(Wed)

“マックハウス”にお世話になったときのこと

娘のあおいが、専門病院に長期入院していた頃、「ドナルド・マクドナルド・ハウス」(マックハウス)という、チャリティーで運営されている宿泊施設に、3週間滞在させていただいたことがありました。


専門病院に転院して間もない頃(娘が6か月の頃)、私は母乳を搾ることに躍起になっていました。そのため、搾乳に一日の多くの時間をとられてしまっていた上、自宅から病院まで1時間半以上かかってしまうため、なにかと慌ただしく過ごしていたのです。

(母乳を搾ることに必要以上にこだわってしまっていたことには、今となっては後悔の気持ちもあります。)


そんな中、同じ病室にいらっしゃったママさんが、「近くにマックハウスというところがあるよ。」と教えてくれました。


マックハウスとは…
ファーストフードで有名なマクドナルド社の協力で運営している滞在施設です。お家から病院が遠く離れていた場合、病気のお子さんとその家族が病院の近くに滞在できるように…と、つくられた宿泊施設だそうで、私はこのとき初めてその存在を知りました。



ドナルドマクドナルドハウス公式ページ 寄付も受け付けられています。




あおいが入院させてもらっていた専門病院のある地域は、いくつかの医療施設が群立している場所だったこともあり、幸運にも、この「マックハウス」が近くにあったのです。

私は、「病院まで行く時間がかかるとはいえ、通える距離だしなあ。私でも滞在オファーしていいのかなあ。」と思いつつ、お電話をかけてみました。


電話口の方が丁寧に応対してくださり、娘の入院している病院名や、入院期間などについて尋ねられました。
「〇日からなら、3週間滞在できますよ。」「搾乳した母乳を保存できる冷蔵庫もあります。」と仰ってくれました。

夏休みや春休みの時期は、全国から、必要な治療を受けるために、家族でハウスに滞在に来られる方が多く、大変混み合うとのことでしたが、私が希望を出したシーズンは、運良く空枠があったようです。

滞在にあたっては、「この子はこの病院にこの期間、確かに入院していますよ。」と証明するための、お医者さんにサインしてもらわなければならない書類があっただけで、手続きは非常に簡単でした。



マックハウスに着くと、ボランティアさんがハウスの説明をしてくださいました。

☆外出時、帰宅時はかならず受付にあるノートに記帳すること。外出時間の制限などはない。
☆宿泊料は1泊1,000円。(正直、病院までの往復の交通費より安い金額でした。)
☆シーツ交換や、ごみの分別、部屋の清掃などは自分で行う。
☆共有のキッチンスペースを自由に使ってよい。コインランドリーもある。

…などなど。


ベッドルームは個室になっていて、ユニットバスもついていました。とても綺麗で明るい雰囲気です。

キッチンスペースには、フライパンや包丁、食器類も揃っていて、自由に使ってよい、とのこと。
加えて、近辺の地図が置いてあり、スーパーやベビー用品を売っているお店をお知らせしてくれているほか、そこに行くために、自転車まで貸し出してくれる…と本当に至れりつくせりでした。


このマックハウスのおかげで、滞在期間中、早朝から娘に会いに行けました。搾りたての母乳を注入することができて嬉しかったです。また娘は、家族のいない間はチューブ抜去防止のため固定具を腕に装着されていなければならないのですが、より長い時間面会することができたおかげで、訓練や遊ぶ時間も増えました。





夜、施設に戻ってくると、共有のキッチンスペースで、ほかのご家族と食事時間が一緒になり、お話する機会もありました。


遠くから来てらっしゃる方が多く、

「ここでしか診てもらえないといわれてやっとの思いで来た。」
「前にいた病院ではできない手術だったのでここへ来た。」
「以前診てもらっていた先生を追いかけてきた。」

…などみなさん様々な事情を抱えられていました。



「ほんの少し前まで元気に歩いていたのに、突然発症した。」…とお子さんのことをお話されていた方もいました。


私は、このとき、NICUから出て新たな病院に来たばかり…お恥ずかしながら病気や障害のあるお子さんたちのことをまだよく分かっていませんでした。


勝手に自分の中で、世の母親が、「無事に健常な子供を産めたお母さん」と「障害のある子供を産んでしまったお母さん」の2つに分かれていて、自分が後者の方であったことに、惨めで恨みがましい思いを抱いていました。


けれど、このマックハウスや専門病院で色々なお子さん、親御さんとお会いするうちに、“障害”“病気”にも本当に色々なものがあって、みなさん抱えている苦悩がそれぞれあること…それぞれのご家族の困難に思いを馳せずにいられませんでした。


そして、原因も治療もよくわからない病気や障害も存在しているのだ…ということを知るたび、“健常者”の自分が、普通に日常を過ごしていることの方に珍しさすら感じるようになりました。実は、“障害者”にはいつでも誰でもなり得るのではないか…そんなようなことを思い浮かべるようになったのは、このときからです。




私の滞在させてもらったハウスでは、最大4週間までの滞在が可能でした。滞在可能期間を過ぎても、お子さんの入院が続いていて、追加で宿泊したい場合は、確か、一旦ハウスを退出してから、また1週間(だったと思います)あけて、再度滞在の手続きをとる…というようになっていました。


ずっと連続で泊まり続けることはできないルールらしく、都内にある複数のマックハウスを行き来しながら、長期入院を乗り越えられているご家族もいらっしゃいました。


またアフラックさん(アフラックペアレンツハウス)でも同じようなハウスを運営されているそうで、そちらと併用して利用されている方もいらっしゃいました。



子供の病気という、ただでさえ、ストレスフルな状況に加え、“遠方から、慣れない土地で過ごす”というのもまた大変なこと…。

病院近くに、家族で泊まれる施設があること…とても、とても有難いことだと思いました。


私の娘にかんしては、結局、入院期間が450日間にも及んでしまい、その後、転居をすることにもなって、利用させていただいたのはこの3週間だけでした。けれど、この期間、精神面でも色々助けられたような気がして、今も感謝の気持ちでいっぱいです。




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2017-03-29(Wed)

小児科っていつまでかかれるの?

表題、娘と長い病院生活を送っているときに、ふと疑問に思ったことです。

娘がいくつかの病院に入院させていただいている間、まわりを見渡してみると、あきらかに成人された患者さんも、小児科に結構おられることに気付きました。そういった患者さんは、経管栄養だったり、肢体不自由だったり、娘のあおい同様、重度の障害をお持ちの方が多い、という印象・・・。

お恥ずかしながら私は本当に無知なもので、このとき、「あれ?どうして小児科なのに大人の人もいるんだろう?」と思ったのです。


考えを巡らすと、思い浮かんだのは2つの推測。


①珍しい病気であったり、必要なケアが大きいため、患者及び患者家族が望んでも、紹介先にあたるような病院がみつからないし、受け入れてくれる病院がないので小児科にいる


②昔からみてもらっている医師や看護師さんのいる信頼できる病棟から、とてもどこかに移動することは考えられないので、ご本人たちの希望で小児科にかかっている



このどちらか、もしくは2つ両方の可能性が高いのではないか…と私は勝手に考え始めました。

ネットで検索すると、一般的に小児科は「15歳まで」と、情報が出てきました。あおいがこの先無事に成長してくれたとして、あおいは一体いつまで小児科にいられるんだろう? というか、いてもいいのかな?



*****************


ここで少し話が変わってしまうのですが、あおいが産まれた直後に搬送されたS市の総合病院から、のちに都内の専門病院に転院し、都内にて分離オペを受けるまでになったときの経緯をお話したいと思います。

分離オペについては、あおいが生後4か月の頃から話がでていたのですが、このときの私は、無知と、親ながらの身勝手さでこう思っていました。


「もしオペをするなら、財前五郎や大門未知子とはいわないから、どうせなら実績のある外科の先生に手術してもらえないだろうか。こんな小さい子供なのだからこそ腕のある人にみてもらいたい。年間の手術件数が多い病院で、あおいと同じか、あおいよりも体重が少ない子供にも手術をしたことがある病院だと安心できるのだけれど・・・」



けれど、その後お医者さんと色々お話をしたり、医療ケアに詳しいママさんから情報収集させてもらったりしている中で、世間知らずのノーテンキな私が知らなかった重要なことが判明してきました。


「基本オペをしたら、オペをした病院がその後の診療も行う。」

というのが医療の世界での基本ルール。

さらに、

「昔は、オペをした病院から遠く離れた地域に引っ越したり、もしくはオペだけを遠方の外科で受けてそのあと元いた地域に戻られたり・・・などのケースも多くあった。しかしきちんと紹介を経ず何の診療情報もないまま、新しい病院に患者さんが来られて診るお医者さんが困ったり、手術あとのことでトラブルがあると、病院どうしで揉めてしまうこともあった。」


というようなお話もきいてしまいます。



なるほど・・・。

確かに胃ろうや分離オペなどは必要とする人が限られていますし、診れるお医者さんの責任も大きく伴うのかもしれません。



きょうび、雑誌などでよく「名医ランキング」などが特集されていたりしますよね。多くの高齢のがん患者の方々などが自由に病院や治療法を選択されているような印象があり、私もつい「娘のために、のぞむ治療のためならどこへでも」と思ったものですが、そう簡単なお話ではない様子…。


確かに、あおいのように生まれながらにして重度の障害がある子どもと、高齢とともに医療ケアが必要になった方々とでは、どうしたって色々事情が異なってくる…ということは医療の知識が全くない私にもなんとなく想像ができました。


高齢者の方々が新しい医療機関に行っても、病院側がケアを与える期間はある程度目安がつく。それに、そういった方たちの中でも、長期にわたり、呼吸管理や全介助入浴といった重めのケアが必要な人は少数ではないでしょうか。


けれど、生まれつき重度の障害をもった子供たちは、5年、10年どころか、(無事に成長してくれれば)この先数十年、病院側が多くのケアを提供しなければならない可能性があるのです。

重度障害児をひとり受け入れるということは、医療機関の経営的な観点からみても、また患者に対する治療の責任という点でも、慎重になってしまう…という側面があるのかもしれません。



あおいが専門病院に転院し、分離オペの話が具体的になってくるとともに、実は、私たち家族は、あおいの生まれたS市から都内に引っ越す、という選択をしました。


入院生活が長期間になること、オペ後になにか問題があったら直ぐにオペをした病院にみてもらえるようにしたいこと、福祉ケアの手厚さの違い、療育の事情・・・等々、色々と考えてのことでした。


パパの通勤時間が以前よりも長くなることになってしまいましたが、快く了承してくれました。また元々住んでいた地域からもそれほど凄く距離があるわけではないため、実現できたことです。


以前、訪問看護師さんが貸してくださった看護ケアの雑誌の中で、「障害のある子供の医療ケアのために転居を選択した家庭は十数%」という記事を読んだことがあります。


こういってはなんですが、医療には必ず地域格差が存在するのではないかと思っています。

そういった中、医療事情が極めて悪い土地からやむを得ず引っ越した方もおられるのかもしれません。

けれど、ご兄弟の就学の都合、親御さんの仕事の都合などで、転居を安易に選択できない方もたくさん、たくさんおられると思います。


「住む場所について色々検討できるのは、障害児が就学する前(7歳)までだと思う。」


…とお話されていたママさんがいましたが、確かに学童期に入る前までには、地域の医療との連携を確立しておきたいところだなあ、と思います。それに何と言ったって、重度の障害のある子供を抱えて何度も転居することは、容易なことではないのですから。


私たちが、今の地域に引っ越して、娘を診て下さる病院や在宅の先生がおられること…。一見当たり前のように思えるけれど、私は、そのことに、毎日感謝してもしきれないくらいなのです。



*********************



さて、長々と、最初の話と大変に軸がずれてしまったのですが、ここでもう一度、「小児科には一体いつまでかかれるのか」という私の疑問を、再度提起させていただきたいと思います。

あおいの胃ろうオペを検討しているときに、私は、お医者さんにこう伺ってみたことがあるのです。


「分離オペとか胃ろうオペの定期的な診察ですけど、これは娘が成人したあともこの病棟で受けられるんでしょうか。それとも別の大人のかたの病棟を紹介していただけたりするんでしょうか。」


すると先生は、


「うーん。本当はそうなると一番なんだけどね。結構みなさん長いこと小児の方でみてたりしていますね。」


と仰っいました。



やはり、重度障害児の医療ケアは“特別扱い”という言い方には語弊がありますが、医療をとりまく様々な事情によって、「もともと付き合いのある診療科に長期間診ていただく」というケースが数多く存在しているのかもしれません。

あおいに関しても、長きにわたって、信頼している、同じ小児科でみてもらえることができたら、それは本当に、本当に、有難いことだと思います。



けれど・・・。無知で愚鈍な私が最初に感じた、「小児科に大人がいる違和感」も、実は間違った感情ではないのではないか、とも思ってしまうのです。

やはり小児科は子供たちのための病棟であるべきなのでは、と、どこかで思ってしまう。

たとえば、将来、成人したあおいが小児病棟に入院していて、もし、そのために他に医療ケアを必要としている小さな子供のベッドが塞がってしまったら・・・。

そのとき私はどのように感じるでしょうか。
もっとも私自身がこの先どうなっているかわかりませんし、年老いたときには、そんなことを考える余裕すらなくなっているかもしれませんが…。



●娘が無事に大きくなってくれたときには、小児科をでて、別の場所で、これまでの小児科と同じくらい手厚いケアを受けれるようになっていてほしい。


●重度の障害を持つ子供や人は、基本、あらゆる診療科の診察を必要としている。内科、外科、消化器科、整形外科、眼科、耳鼻科…。重度の障害があるからこそ、のぞむ診療科に、自由な選択肢で、もっと気軽にかかれるようになっていてほしい。



これは医療の世界の内の事情も、医療をとりまく社会情勢のことも、つゆ知らない、私の勝手極まる理想論ですが、これが今の私の正直な本音なのです。


自分の子供、そしてそのあとに生まれてきた同じ重度障害の子供たちが、将来、今よりもより恵まれた環境にいてほしいと願うことは、我儘な願いではないと思いたい。


それに、私たちが今、享受している今の環境も、ネットすらなかった時代に、声をあげてきたお母さんたちが、戦って勝ち得てくれたものなのかもしれないのだから。


今は一日いちにちを乗り切るだけに精いっぱいですが、どこかで私も、未来に目をむけることができたら、と思っています。




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2017-03-22(Wed)

娘の障害をあきらめきれない私は悪い母親なのか

娘のあおいは、ものすごくゆっくりですが、彼女ならではの個性で、日々成長してくれている…と思っています。

けれど、その一方で、

「ある日突然すごく調子がよくなって、もっとたくさんのことが出来るようになるのではないか。」
「ものすごくゆっくりでも健常児の子の出来ることが少しずつ出来るようにならないだろうか。」

…などと思ってしまう自分がどこかにいるのです。


こういった思いは、子供の月齢が行くうちに、次第にあきらめがつくものなのでしょうか。


病院や療育園でお見かけする、私の娘よりも、ずっと年上の、就学期を迎えて以降のお子さんの親御さんたちは、私よりも落ち着いている…子供の障害に対して、(良い意味で)冷静さと受容を持っているようにみえるときがあります。


「どこまで無事に成長できるかも分からないけれど、もう少し色々あきらめず試してみよう。」

「歩くこと。座ること。食べること。いつか娘に関することで全てをあきらめなくてはならないときが来るかもしれない。けれど、それは今ではない。」


…と、私は日々自分で自分に言い聞かせているのですが、私が娘の障害に対して、あきらめがつく、落ち着いて受け入れられる、というときがいつか来るのでしょうか。




それに…。
ふと、「娘を健常者に近づけたいと願う私の思いは、実は一番娘の障害を差別しているのではないか?」と、思うこともあるのです。


「自分で座れるようにならないだろうか。」
「腕が曲がっているのをなおしたい。」
「ほんの少しでも口から経口摂取できるようになってほしい。」


こうした思いは、娘のためを思ってうまれたはずなのに、時々なにかを見失っているような気持ちになることがあるのです。


「ほんの少しでも普通の子供に近づいてほしい。」


そこには、まわりから「重度の障害児の母親だ。」と思われることを受け入れられない自分がいるようにも感じてしまうのです。



加えて、「母親である私は娘のリハビリを頑張っている。」「頑張って、○○ができるようになった娘を誰かに認めてほしい。」…という複雑な思い。


“努力によって成長しているのは娘”であり、私はそれをアシストするだけの存在であるはずなのに、母親である私の自己承認欲求がどこかで暴走しているように感じるときもあるのです。


もちろん、“頑張ろう”という気持ちは決して悪いものではないと思うのだけれど…。


そして、育児という、仕事と異なって他者からの評価を得難いためにときに自信を失いがちなライフワークにおいて、自分で自分を褒めることは、十分に必要なことだとも思っているのだけれど…。



そもそも、母親の私は一体なんのために娘の療育に取り組むのか?


●なにかができるようになる、という喜びを娘に知ってもらうため
●将来的にどんな障害の度合いであろうと、できうる限りの自立を目指すため
●身体を動かすことにより、この先訪れるかもしれない二次障害を少しでも予防するため
●人との触れ合いやコミュニケーションを通じて人生を豊かにするため
●身体を動かすことの楽しさや、学ぶことの楽しさを感じ、人生を豊かにするため



忙しなく子供との毎日を送る中、つい、本来の目的を忘れてしまうことがあります。


「娘の障害をあきらめられない母」ではなく、「障害児の親である自分をあきらめられない母」になったとき、親子関係はすごく歪なものになってしまうと思うのです。


「あおいと私は別の人間で、別の人生であること」「そのあおいの人生をサポートする療育を、母としてすすめていきたいということ」。

その思いを忘れず、日々どうか過ごせますように。

そして、娘の障害について今よりもっとあきらめなければならないときが来ても、そのときにまた別の目標に向かって歩んでいけますように、と願っています。



*******************************

この「ママのぼやき」のカテゴリで、たまに、“障害児の育児をしていく中で自分が思ったこと、感じたこと”、“障害児を取り巻く社会や医療の状況について思うこと”などについて、(単なる愚痴とか痛い自分語りになりそうですが)気持ちを吐き出していきたい…と思っています。



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Author:マカロニ
原因不明の脳性麻痺の娘・あおいについて綴るブログです。喉頭気管分離オペ・胃ろうオペを受けています。

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