2017-04-09(Sun)

アテトーゼ型脳性まひ“ラブちゃん”の、2冊の本を読んで感じたこと:その2

前回記事の続きです。

専門病院に長期入院していたころ、“なにかよいリハビリ方法はないか”と、探す中で、“ドーマン法”について書かれた、「奇跡のラブちゃん 脳性マヒから驚異の回復」という本を読みました。

その後、本の中でお子さんだった“ラブちゃん”が大きくなって、ご自身で書かれた本があるということをネットで知り、興味をひかれ、読み始めたのが、この“2冊目”の本。




2冊目:「三重苦楽 脳性まひで、母で、妻」


三重苦楽表紙

↑amazonにて新品で購入しました。正直、親御さんが書かれた1冊目の本よりもずっーと読みやすく、そして明るく、たとえ私が障害児の親でなくても、読んでよかった…と思える、とてもとても良い本でした。(大畑楽歩・著 アストラ出版)



まず、購入する際に表紙をみて、ラブちゃんがご結婚して、お子さんもいらっしゃることに、とても驚いてしまいました。

「障害があると結婚できない。出産できない。」…などと決して考えていたわけではないはずなのですが、正直、一冊目の親御さんの書いた本のラブちゃんから、想像できないお姿がありました。


この「三重苦楽」は、ラブちゃんが、31歳になって、自分の幼少期から現在の人生まで振り返る、自伝的な内容になっています。


まず驚いたのは、ドーマン法を受けたラブちゃん自身が、大人になって、ドーマン法について懐疑的な意見を述べられていたことでした。日常のすべてを訓練に捧げるような生活の仕方にご自身が疑問を感じられていたこと、訓練に弊害もあったのではないかということ…など、冷静で鋭い意見が述べられています。

「こういうのって受けていた本人が一番洗脳されるんじゃ…。よく自分でこれだけ客観的にみれるな。」とただただ感心してしまいました。


両親、家族との葛藤についても、ありのまま、書かれています。

きっと私であれば、グチグチタラタラなるところ、このラブちゃん、辛い思いもたくさんしてきたはずなのに、このあたりも暗さを感じさせないものになっています。

“障害児を守れるのは家族だけ”という親御さんの思いと裏腹に、“もっと外の世界とつながりたい”と自ら自分の人生を切り開いていくラブちゃんの姿が、眩しくうつりました。

夢中になれる趣味をみつけたり、より広い世界とコンタクトするために自ら移動手段を確保していったり…やがて療法士の旦那さんに巡り合い、お子さんを産んで育児に奮闘されたり…。



「人生、勝ち組、負け組などでなく、人生を楽しんでいるものと楽しんでいないものである。」

なーんて言葉をどこかで目にしましたが、ラブちゃんはまさに人生をめいいっぱい楽しんで生きている人だ、と思いました。健常者の私なんかよりずっと。


親御さんの書かれた本のタイトルが「奇跡のラブちゃん」となっていたのに対し、ラブちゃんは、「リハビリですべてを取り戻すことは不可能ではないか」と、ものすごーく現実的な見方をされています。

そして、「少しでも健常に近づくために、訓練あるのみ」といった周りの考え方にみんな追いやられていないか…と一歩踏み込んだ考え方をしめされているのです。

このあたり、あおいの母として、私、本当に耳が痛い…。


「なにか画期的なリハビリの方法はないか」と探しはじめて、みつけた2冊の本が、私に教えてくれたことは、とてもとても、意外なものだったのです。



***********


障害者、健常者関係なく、成人すぎてなお、“親から自立できていない子供”って実は多いのではないか…と最近、勝手に思っております。

親元を離れて暮らしていない、とか、なにか援助を受けている…とか、単にそういうことではなくて、“親の考えのコントロールから抜け出せていない人”、“自分で考えられない人”って結構いるんじゃないでしょうか。

(お恥ずかしながら、私自身に大いに思い当たる節があるんです…。)


“人生の重要な局面での決断を自ら下せず、親に仰ぐ人”“親の偏見をそのまま受け継いで狭い視野になってしまっている人”“無意識に、自分の幸せでなく、親の幸せを考えてしまう人”


…世を見渡せば、色々な親子関係があるように思います。


ラブちゃんが、ハンデを抱えながらも、なおも“自立”に向かって歩んで行かれたこと…。

私は、単純にすごい、と思ってしまいました。



そして、「親が子供のためを思ってしたこと」が、必ずしも、子供にとってよい、とも限らない、ということ…。
(これも障害のありなしにかかわらず、子育て全般に当てはまることなのではないか、とも思いました。)


私は、「あおいとともに地道にリハビリを頑張りたい」とずっと思っていたし、その思いは今でも変わらず強くあります。

そして、ときに、その思いが、独りよがりなものになっていないか、自分に危機感を覚えることも、度々あります。そしてついつい気負いすぎて自分を追い込んでいるように思えることも…。

小さいうちにできることをたくさんしておきたい、成長の伸びしろがもっと先にあるかもしれないから今はまだできることを限らせたくない…。

色んな思いが私の中にあります。


障害のある子供の子育て…。娘がどこまで成長できるのか、ゆくゆくどういうかたちでの自立を目指していけばいいのか、どういうサポートをしていけばよいのか……まだまださっぱり、分からないことだらけ…。


けれど、“ラブちゃん”の本を読んで感じた、“どんな親子関係にもあり得る危険性”をどこかで心にとめつつ、娘の顔をよくみながら、ときに周りの人たちに相談しながら、一日いちにちを大切に過ごしていきたい…と願う今日この頃です。





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2017-04-07(Fri)

アテトーゼ型脳性まひ“ラブちゃん”の、2冊の本を読んで感じたこと:その1

今回は、以前読んだ、障害に関する書籍の感想レビュー…そして自分が子育てについて感じている思いを書いていきたいと思います。


娘が1歳過ぎてなお、長期入院生活が続いていた頃、脳性麻痺について色々ネットで検索をする中で、ついつい探してしまっていたのが、「訓練などの成果で、すごくよくなったお子さんはいないのだろうか」ということ…。


その中で、「ドーマン法」という特殊なリハビリ方法があるらしいこと、そして、そのドーマン法を受けた“ラブちゃん(楽歩ちゃん)”という女の子が日本では有名で、その子の本が出ているらしい…ということを知りました。


そこで、タイトルにも興味を惹かれて、まず“1冊目”の本を、ネットで購入し、読み始めたのです。


************


1冊目:「奇跡のラブちゃん 脳性マヒから驚異の回復」


奇跡のラブちゃん表紙

1988年にかかれたものなので、かなり古い本です。古本でものすごく安く購入させてもらいました。(小西直樹・レイ子・著 彩古書房出版)



この本は、アテトーゼ型の脳性麻痺である“ラブちゃん”の、ご両親が書かれたものです。

(お名前が“楽しく歩む”、と書いて、“楽歩ちゃん”(ラブちゃん)という可愛い、素敵なお名前です。)


娘さんが10歳のときに、ご両親の対談というかたちで書かれたもので、「どうして娘のラブちゃんは脳性麻痺になったのか。」「ドーマン法というリハビリ方法に出会ってどのような訓練をしたか。」…等が語られていきます。

ラブちゃんは、コミュニケーションもとれる、健常者と比べるとぎこちないが歩行もできる……、と、「経管栄養や吸引ケアを必要とする、私の娘のあおいと比べると、ずっと軽い障害だなあ」…などと浅はかなことを思いながら、最初、読み進めておりました。


途中から、ドーマン法との出会いにより、ラブちゃんの壮絶なリハビリ生活が開始されます。娘への愛から、その特殊な訓練に身をささげるご両親のお姿に、次第に、驚きを隠せなくなりました。


毎朝6時前には起床して、パターニングとよばれるドーマン法独自の動きをひたすら何セットも繰りかえす、雲梯のようなものでのハードな運動、あえて酸素を制限するマスクを使っての訓練、それに加え、学習プログラム、ピアノ、ヴァイオリンなど…なんだか色々やっています…。


正直、どんな健常児よりも過酷な運動量や課題が与えられ、宇宙飛行士か何かを目指すのかと思われるほどの特殊な訓練…。しかも、学校に行かず、ほかの子供たちや集団社会との接点が、一切途切れたまま行われているのです。


このラブちゃんのご両親の姿に、「やりすぎ」と思いながら、自分にもどこか共通しているものがある……と私は鏡を突き付けられたような気持ちになりました。


「障害をなおしてあげたい。」
という思いが、ある種、「娘のありのままの姿」を否定し、「娘から日常生活そのものを奪ってしまっている。」…。


病院にいた頃、私は、朝から晩まで娘につきそい、必死に手足のマッサージをし、寝返りの練習をさせ、視力の刺激になるようにと絵本を読み、母子ともに、とにかく忙しなく過ごしていました。


そして、在宅生活に入った今でも、つい、娘との遊びの中で、手の動きをあれこれ観察しながら、「これをもっとこうできるようにしよう」とか、「この運動を、このくらいの時間行って、筋力をアップさせよう」とか、そんなことを考えて過ごしてしまっているときが、多々あるのです。


地道な訓練で得られるものもあるかもしれない…と思っていますし、毎日接する母親が娘の成長を観察する点には、よい部分もあるようには思うのですが、日常の大半を、この思考に費やす自分自身に、この数年、正直、異様さを感じることもありました。


「娘の障害を少しでもよくしたい。」というご両親の思いに深く共感しながらも、なにか上手く言い表せない違和感もどこかでおぼえた私…。


でも、この本は、ある種、“ドーマン法によってこれだけよくなった”という成果について書かれたものなので、ラブちゃんが訓練を経ることで、色々できることを得ているようにも思えました。


だったらこれでいいのかな?でも、ラブちゃんは過酷な訓練のありなし、それどころか障害のありなしに関わらず、元々ものすごく利発そうなお子さんであるけれど…。


果たして子供の方はこれで本当に幸せなのだろうか…。

そんなことを思いながら本を読み終えたあと、なんと、大人になったラブちゃんが、ご自身で本を書かれているというではないですか。

私は、ラブちゃんが、どんな大人になったのか、とてもとても気になってしまい、次に”2冊目”の本を読み始めました。


次回、「アテトーゼ型脳性まひ“ラブちゃん”の、2冊の本を読んで感じたこと:その2(三重苦楽)」…に続きます。


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2017-03-27(Mon)

素人でも読めるリハビリの教科書!? 「脳性まひ児の家庭療育」

今回は、私が大変重宝している、リハビリ関連の書籍をご紹介したいと思います。

実は、娘のあおいが1歳7か月のとき、病状について、整形外科に、セカンドオピニオンを聞く機会があったのです。

遠方の病院で、あおいと私は先生に直接お会いできず、私の母(あおいの祖母)を介して、書面での遣り取りになってしまったのですが、「なにか素人でも読めるよいリハビリの本はないか」と伺ったところ、薦められたのがこの本でした。


中身は結構専門的ですし、素人でも読めるといいつつ、素人だとちょっと読みづらいと感じる部分も多々あるのですが、療育のあらゆる面について書かれた、まさにリハビリの教科書、という印象を受けました。

薦めてくださった先生が、“自分が必要だと思うところから、何年もかけて読むとよい”と、仰ってくださったとのこと、気の向くまま、知りたいと思った部分を、時折繰り返し読んでおります。





脳性麻痺児の家庭療育

↑「脳性まひ児の家庭療育 原著第3版」
編著:Nancie R. Finnie 訳:梶浦一郎 鈴木恒彦
医歯薬出版株式会社発行 サイズA4 全約330p(厚さ2㎝くらい)

価格が税別3,500円とお高めです。先生に薦められたこともあって、私は新品で買ってしまいました。多分図書館にも入れてもらえると思いますし、たまーに、赤線が引かれてるような勉強あとのついた古本が、ネットで安く売っているかもしれません…。



この本の中で一番よいと感じたのは…たくさんの子供の絵(写実的な絵ではなくものすごく簡素な絵です)が載っていて、「この姿勢はしてはいけない」「この姿勢をするといい」というのが色々と書いてあるところです。

正常な姿勢反応と異常な姿勢反応の違い、手の機能の発達の仕方、緊張が高い子供の抱っこの仕方
…などが図とともに説明されているのが、分かりやすく、私には、とても参考になりました。


私もあおいに、「今度こういう姿勢をさせてみよう」とか、「こういう風に顔回りの嚥下訓練をしてみよう。」など色々発見がありました。


また、在宅生活に入ってからお世話になっているOTの先生に、「この本のここが分からない」とおききすると、教えてくださったり、母親がリハビリについて学ぶ中でなにかと便利な本なのではないか、とも思います。


摂食やコミュニケーション、トイレトレーニングや衣服の着脱など、障害児の生活のあらゆる面について、幅広く書かれています。

対象年齢は0歳~5歳、とありますが、あおいの場合、心身ともに発達がすごくゆっくりなので、上手くゆけば、もっと長い間、重宝しそうな気がします。

経管栄養や呼吸器の管理などについては触れられておらず、“正直、チューブとかあるとこの体位簡単にはできないわ”などと思うこともありますが、そのへんは自分で方法を探っていくところでしょうか。



最初の部分では親のあり方についても言及されていて、こんな文章もありました。



「障害のある子どもを望む人はいません。私たちは誰もが、丈夫で、顔だちもよく、頭のよい子を望むものです。(略)
脳性まひ児の両親の抑うつされた悩みは重く、事実たいていは厳しいものがあります。最初は、怒り、罪悪感、恥ずかしさ、絶望、自分を哀れむ気持ちなどにうちのめされ、次には逃れたいという苦しみの方が大きくなります。(略)最初の混乱に代わって、悲しみ、わびしさや孤独感、失われた正常な赤ちゃんへの切望がわいてきます。こうした悲嘆が続くうちにも、自分たちが望んできた赤ちゃんをもてなかったことに徐々に順応していきますが、一方で、現実の赤ちゃん(脳性まひ児)はそこに横たわり、普通の世話を求めているのです。」


(「脳性まひ児の家庭療育 原著第3版」第3章1.受け入れの問題 より一部抜粋)




私がこの本に出会ったのは、あおいがちょうど分離オペを受けたあとの頃。「私は自分の子供に障害があることを受け止めている」と思っていましたが、それでも、最初にこの部分を読んだときには、すごく胸に突き刺さるものがありました。


著者は、イギリス人?の、理学療法士の方で、元となる第1版が出版されたのは1970年だそうです。


「両親が障害のある子供を受け入れていくこと」「必要な助けを求めること」「最終的には大きくなったときに社会とつながりを持つことを目標としていくこと」…など、“療育”そのものの考え方について書かれているところが、欧米的(キリスト教社会的)なのかなあ、とも感じました。


今は第4版がでているようですね…。
私が購入したのは第3版ですが、娘の療育に必要と感じた部分から、日々少しずつ取り入れていきたいと思っています。


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最近の読書といえば漫画本ばっかりになってしまっているのですが、長期の入院生活の頃、脳性麻痺に関する書籍をちょこちょこ読んだりしていました。その感想などを時折、「障害関連の書籍」のカテゴリで書きたいと思います。




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原因不明の脳性麻痺の娘・あおいについて綴るブログです。喉頭気管分離オペ・胃ろうオペを受けています。

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