2017-03-31(Fri)

胃ろうオペまでの選択 その5(終):胃ろうオペを選択した私の課題

消化器のオペに進むにあたり、胃ろう+腸ろうにするのか、噴門形成も受けるのか、色々考えた結果、結局、あおいは2歳6か月のときに、“胃ろうオペ”のみを受けることになりました。


今もあおいの顔にはチューブが1本(経腸栄養のEDチューブ)が残ったままです。


今回、ある意味、自分自身への戒めとして、この記事に書かせていただきます…!

胃ろうオペを選択した、母親としての私の課題…。



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●チューブが1本なくなったことによるメリットを生かして、嚥下の訓練、顔のマッサージのリハビリに、地道に取り組んでみよう。


●これのせいで娘から片時も離れられないし、娘自身は夜間、抜去防止のため、拘束されなければならない。そんな大嫌いなEDチューブだけれども、「抜けさえしなけりゃ、体重を増やせる最高のアイテム」と認識を変えて、気長に付き合っていこう。


●胃にほんの少しずつ注入を試してみよう。調子のよいときだけでいいから。どれだけ消化しているか、胃液がどれだけひけるか、余力のあるときには、きちんと記録をとっておくようにしよう。


●もし、胃への注入が上手くいかなかったとしても、気落ちしないこと。その場合は、就学前を目安に、次のオペ(腸ろう)について検討してみよう。腸ろうについても、オペをされているお子さんの親御さんと会う機会があったら、お話してみたり、少しずつ、情報を集めてみよう。


●今回、腸ろうオペをあえて見送ったことで、得られているメリットは、運動の制限があまりでていないこと。うつ伏せ姿勢などはこれまでと変わらずとらせてみて、就学前までに、少しでも、より多くの動きを獲得できるかどうか、色々励んでみよう。


***************



こうは書いていても、
「ああ、胃ろうのオペ、今でよかったのかな。もっと大きくなってから腸ろうとセットがよかったのかな。」

…などと、ヘタレな私は、色々と考えてしまうのです。


正直、分離オペのときの方が、「娘が生きるために必要なオペ」とある種、割り切れたのに対し、消化器のオペは、“現状をオペを受けることで如何によくしていくか”、ものすごく判断が難しいように思われました。



胃ろうボタン部分あおいオペ後
↑ボタン型の胃ろうになったあとの、あおいの腹部。
この前、義妹が、アメリカで障害のあるお子さんを育てているママさんのブログを紹介してくれたのですが、そのお母さんが、胃ろうのことを“G‐tube”とよんでいました。
“胃ろう”という名称が物々しく、特に“瘻”の字は変換する気にもならないのは私だけ…?
「私のドーターには、ハンディがあって、この前は、G‐tubeのオペを受けたのよ。だから彼女のストマックにはリトルなホールがあいてるの。」・・・って、私も、帰国子女風のトーンでいってみようかな。私の語彙力じゃ、ルー大柴になっちゃうかな。



まだまだ今になっても、オペのベストな選択がなんだったのか、気落ちしたり、迷う思いもあるのですが、“今、自分が娘にできること”を見失わずに過ごすことができないか、と思っています。



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“胃ろうオペに進むまで”の話はここで終わりにさせていただき、今後はこのカテゴリで、オペ前後の様子、ケア方法…について等あげていきたいと思っていますが、ゆっくり更新になりそうです。



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2017-03-31(Fri)

胃ろうオペまでの選択 その4:なぜ“胃ろうオペのみ”を選択したのか

消化器のオペに進もうと色々情報を集めながら、在宅の先生にも何度もご相談に乗っていただき、結局私たち家族は、「今回は胃ろうオペのみを受けさせてもらう」という選択をしました。

それはなぜかというと…



●まず噴門形成を見送った理由

噴門形成のデメリットが嫌だから見送った…というよりも、


「大抵のお子さんが胃ろう+噴門形成で消化できるようになるところを、うちの子供の場合、胃の働きがすこぶる悪いのだから、これだけではどうにもならないだろう。あと空気をのんでいることが多いから、余計に消化が悪くなるかもしれない。」


というのが一番の理由です。

また、噴門形成を受けられることによって得られるメリットのうち、下記の2つについては、娘のあおいの場合、それほど大きく出てこないような気もしたのです。


☆逆流がなくなることにより、誤嚥性肺炎のリスクが減少する。
→うちの子供の場合、分離オペで既に誤嚥の心配はないから、この点で得られるメリットがもうない。

☆嘔吐がなくなることによる、吸引回数の減少と介護者側の負担減
→嚥下障害が重度のため、下から上にあがるものを抑えられても、上から下に落ちるべきものを抑えられず、日常の吸引回数がさほど減少しない可能性もある。


大きくなって逆流の度合いが強まって、将来、噴門形成をしなければならなくなることも、可能性として十分あるかもしれません。

けれど、外科の先生が、「胃ろうオペのあとからでも出来るには出来る」と仰ってくださったので、今回は見送ることにしました。



●腸ろうを見送った理由

検査のあと、最初に消化器の先生が仰った、「この結果では、胃ろう+腸ろうが現実的かもしれない。」というお言葉。

日頃ずっとあおいとともにいる私自身も、これが一番あり得る道のように思えました。

けれど、腸ろうのオペを受けてしまうと、うつ伏せなど、どうしてもリハビリに制限がでてしまう。

もし、腸ろうオペを受けることになったとしても、もう少し先でよいのではないか。
就学前までに、より多くの運動機能を獲得させてから、進んだ方があおいにとってよいのではないか。


そう考えて、「腸ろうオペを今後することになっても、今はしない。」「わずかな可能性であっても、胃ろうのみで栄養をとれるか、数年かけて試してみる。」という選択肢もあるのではないかと、考えて、今回は見送りました。



●最後にのこった、“すべてのオペをしない”という選択肢を見送った理由

2本の顔についたチューブをのこしたまま、オペは当分見送る。もう少し大きくなったら考える。
これも、十分、魅力的な選択肢に思えました。

けれど、このままだと、やはり、

・2本もあるチューブの不快感、食道は余計に傷つくし、嚥下の訓練も困難
・2本チューブが胃の中にあることで、当たり所が悪いときに、嘔吐感・逆流を余計に強める

というデメリットは改善されないままです。

「1本でもいいから減らしたい。」「胃からの注入によって、胃の働きが改善されるのか、子供が小さいうちに、その成長の伸びしろにかけて、あえてチャレンジしてみる。」

そう考えて、結局、胃ろうのオペのみを選択することにしました。




2歳7か月オペ後あおい - コピー
↑オペ後、チューブが1本減って、うつ伏せに励む2歳7か月のあおい。
“オペ後の安静期間”が解除されて、「よっしゃ!もう動いてええんやで!」と、張り切って運動していたら、盛大な胃ろう漏れがおきてしまいました…。






消化器のオペの選択…。

あおいのように、“どのオペにするか”お医者さんの診断が断定的ではなく、意見が割れてしまうケースは少ないのかもしれませんが、私は、結局、オペ日を予約する、その瞬間まで迷いました。

最後に心をおしてくれたのは、在宅の先生のお言葉でした。


「方向性としては2つあります。ひとつは、必要なオペをすべて一度に受けてしまって、そこから要らなくなったものをとっていく、引き算の考え方。もうひとつは、その都度、必要だと感じたオペを受けて、足していく、足し算の考え方。
今お母さんが選ぼうとしているのは足し算の考え方です。あおいちゃんにとっては、私もそれがよいのではないかと思います。」



引き算ではなく、足し算の考え方…。


今後、もしまたオペを追加することになったとき、「ああ、やっぱり、このオペも必要だったのね。」と気落ちすることもあるかもしれません。


けれど、今は、「胃ろうオペを受けられることによって得られたメリット」に目を向けて、日常生活の療育に励みたいと考えています。



その5(終):胃ろうオペを選択した私の課題 に続きます。




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2017-03-31(Fri)

胃ろうオペまでの選択 その3:胃ろう・噴門形成・腸ろうに関して、私が集めた情報

その1:なぜ胃ろうオペに進もうと思ったのか
その2:消化器科で受けた検査の結果と医師の診断


…に続いて、どのオペを受けるとよいのか、非常に迷った私が、かかわりのある先生や看護師さんに色々お伺いしたお話や、本やネットで集めた情報をまとめさせていただきました。(噂レベルのものまであるかも…)

私にはママ友が少ないのと、病院で一緒だった娘より年上のお子さんが結構胃チューブのみで過ごされていたこともあって、”実際にオペを受けた親御さんからの情報”がないのが、大変残念に思っております。


どれも、“あおいのオペに関するアドバイス/情報”として集めたものなので、色々偏りがあるかもしれませんが、これからオペを検討されている方に、なにか参考になるものがあれば幸いです。(母のヘッタクソでキタナイ図が入っちゃってます。)



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胃瘻について


胃ろうイメージ

胃に穴をあけて、そこから栄養を注入する手術。オペ時間は、2時間くらいと言われる。
あおいの受けた外科病棟では年間の手術件数は、腸瘻含み、30件~40件の模様。
以前読んだ本には、“胃ろうは1800年代後半からある手術”と書いてあった。人類凄すぎ!と思うのは私だけ?


●比較的管理が簡単…らしい。

●肉芽(できもの)・抜去・胃液もれ…などトラブルはあるが、命にかかわるような深刻なトラブルはあまりない。

●最近多く採用されているのは、バルーンのついたボタン型胃ろう。これだとうつ伏せも可能らしい。

●肉芽のトラブルは多いときく。物理的刺激が穴部分に加わることによって出来るため、動けば動くほど多いらしい。

●このトラブルの代表格である肉芽だが、これは、ある種、消化器の状態をあらわしているもの…という話もある。胃の消化状態が悪く、胃が強烈な酸性にさらされると、隣接する腹壁にもトラブルになってあらわれやすいらしい。

●術後、もし経口摂取ができるようになったりして、不要になった場合、胃ろうや腸ろうは閉じることができるらしい。


胃ろうボタンイメージ
↑バルーンタイプの胃ろうとは…。
水を入れて風船部分を膨らまし、穴から胃ろう(胃ろうチューブ部分)が抜けないようになっている。挿入/抜去も、この風船内の水を出し入れすることで、簡単に交換することができる。たまにバルーンが破裂することがあるのが難点。



噴門形成

噴門形成イメージ
↑食道が横隔膜を通過する部分を縫縮して、胃の一部を食道に巻き付けて固定する手術。手術時間は、胃ろうとセットで4~5時間くらいといわれる。あおいがお世話になった外科病棟の年間手術件数は、10件強の模様。



●私が驚いたのは、“胃の一部を巻き付ける”ということ。てっきり、特殊な糸のようなもので食道を縛るのだと思っていた。
(いまだによく仕組みが把握できてないが、多分、胃と食道を袋状に縫い付けて、食道を閉じてしまう…という仕組みだと思っている…。)

●日常において空気を飲み込んでしまったり、ガス腹になりやすい子は、噴門形成をすることでゲップがしにくくなり、さらに空気が胃腸にたまりやすくなり、消化の働きがより悪くなることがある。

●噴門形成は時間とともに縛った口が緩くなることがあり、場合によっては、再手術になることもあるらしい。

●“胃瘻といえば噴門形成もセット”というのは、結構、定番ではあるとのこと。嘔吐/逆流するものを、ある意味押さえつけ、使っていなかった胃に無理矢理にでもエンジンがかかり、それまで経腸栄養だったお子さんでも胃が使えるようになったというケースもあるらしい。

●胃ろうオペが済んだあとに新たに噴門形成を追加する、ということも可能らしい。ただ、外科医にとってはオペの難易度があがるらしい。

●噴門形成は、外科医の“噴門の縛り具合”が重要になってくるオペとのこと。

●最初は噴門をキツめに縛って、あとから徐々に緩んでくる…らしい。キツめに縛られている最初の頃は、食道の通過が一時的に悪くなるため、経口摂取が出来ない期間があるとのこと。

●胃ろうや腸ろうが不要になれば、閉じて元に戻せるのに対し、噴門形成は基本もとに戻すオペをしていないときいた。(その代わり自然にゆるんでくる?)

●私が、「噴門形成をしないと、食道があれて、将来的に若年性食道がんなどになるか」と先生におききすると、「確かに成人以降、そういう問題が出てくることもあるが、今すぐ考えることでもない。」とのこと。

●実は、噴門形成には、ニッセン式とトゥーペ式、という2つの術式がある。トゥーペ式は、“食道の後ろを中心に約3分の2週だけ胃を巻き付ける”手術。ニッセンと比べると、“術後の飲み込みづらさ”が起こりにくいらしい。

外科の先生に、「トゥーペ式にしてもらえないのか」ときくと、「小児患者で噴門形成をする場合は、ほぼすべてニッセン式」といわれた。多分、トゥーペ式では、強い逆流を抑えきれない、ということだろうか。

ただ、大人の健常者の方で、「トゥーペ式」を受けられた方が、ブログなどでその所感を残されていて、ちょっと参考にさせてもらった。


●噴門形成を行うメリットはおそらく大きくいえば以下の3つだと私は考えた。

①逆流がなくなることにより、誤嚥性肺炎のリスクが減少する。
②酸性にさらされる食道の荒れ(痛み)がなくなる
③嘔吐がなくなることによる、吸引回数の減少と介護者側の負担減




腸瘻について 

腸ろうイメージ
↑何らかの理由で、胃からの注入が困難な場合に、十二指腸または空腸に穴をあけて、そこから栄養を注入する手術。オペ時間ききそびれてしまった。


●胃ろうよりもオペの過程で切ったり貼ったりが多く、合併症が多い…ともきく。

●トラブルが胃ろうよりも多いらしい。腸液が漏れたり、腸がねじれたり、胃ろうよりも深刻なトラブル。特に動く子にはトラブルが多いときく。

●ボタン型の腸ろうも存在しているので、これだと、うつ伏せも可能らしい。

●腸ろうと噴門形成という組み合わせをしている人は滅多にみかけない、といわれる。

●“胃ろう部分から、その先の十二指腸にまでチューブを入れるというオペ方法”“穴が一つで、胃にも腸にも注入できるオペ方法”が存在すると噂でおききする。

→「ぜひそれにして下さい!」と先生に言ってみたら、「結構トラブルが多いのでお薦めできません。」「抜けたとき、入れるのがかなり大変。」と難色を示される。

●私がお医者さんにきいてみたこと。「極端な話、腸ろうで歩行しているお子さんはいるのか。」「いるにはいます。でもあおいのような脳神経障害の子供と少し事情の違うお子さんですね。」



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こんな感じで情報を集めながら、迷いに迷い、結局、私たちは、“胃ろうオペのみを行う”という選択をしました。
長々した記事になってしまいましたが、さらに、

その4:なぜ胃ろうオペのみを選択したのか に続きます。




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2017-03-29(Wed)

小児科っていつまでかかれるの?

表題、娘と長い病院生活を送っているときに、ふと疑問に思ったことです。

娘がいくつかの病院に入院させていただいている間、まわりを見渡してみると、あきらかに成人された患者さんも、小児科に結構おられることに気付きました。そういった患者さんは、経管栄養だったり、肢体不自由だったり、娘のあおい同様、重度の障害をお持ちの方が多い、という印象・・・。

お恥ずかしながら私は本当に無知なもので、このとき、「あれ?どうして小児科なのに大人の人もいるんだろう?」と思ったのです。


考えを巡らすと、思い浮かんだのは2つの推測。


①珍しい病気であったり、必要なケアが大きいため、患者及び患者家族が望んでも、紹介先にあたるような病院がみつからないし、受け入れてくれる病院がないので小児科にいる


②昔からみてもらっている医師や看護師さんのいる信頼できる病棟から、とてもどこかに移動することは考えられないので、ご本人たちの希望で小児科にかかっている



このどちらか、もしくは2つ両方の可能性が高いのではないか…と私は勝手に考え始めました。

ネットで検索すると、一般的に小児科は「15歳まで」と、情報が出てきました。あおいがこの先無事に成長してくれたとして、あおいは一体いつまで小児科にいられるんだろう? というか、いてもいいのかな?



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ここで少し話が変わってしまうのですが、あおいが産まれた直後に搬送されたS市の総合病院から、のちに都内の専門病院に転院し、都内にて分離オペを受けるまでになったときの経緯をお話したいと思います。

分離オペについては、あおいが生後4か月の頃から話がでていたのですが、このときの私は、無知と、親ながらの身勝手さでこう思っていました。


「もしオペをするなら、財前五郎や大門未知子とはいわないから、どうせなら実績のある外科の先生に手術してもらえないだろうか。こんな小さい子供なのだからこそ腕のある人にみてもらいたい。年間の手術件数が多い病院で、あおいと同じか、あおいよりも体重が少ない子供にも手術をしたことがある病院だと安心できるのだけれど・・・」



けれど、その後お医者さんと色々お話をしたり、医療ケアに詳しいママさんから情報収集させてもらったりしている中で、世間知らずのノーテンキな私が知らなかった重要なことが判明してきました。


「基本オペをしたら、オペをした病院がその後の診療も行う。」

というのが医療の世界での基本ルール。

さらに、

「昔は、オペをした病院から遠く離れた地域に引っ越したり、もしくはオペだけを遠方の外科で受けてそのあと元いた地域に戻られたり・・・などのケースも多くあった。しかしきちんと紹介を経ず何の診療情報もないまま、新しい病院に患者さんが来られて診るお医者さんが困ったり、手術あとのことでトラブルがあると、病院どうしで揉めてしまうこともあった。」


というようなお話もきいてしまいます。



なるほど・・・。

確かに胃ろうや分離オペなどは必要とする人が限られていますし、診れるお医者さんの責任も大きく伴うのかもしれません。



きょうび、雑誌などでよく「名医ランキング」などが特集されていたりしますよね。多くの高齢のがん患者の方々などが自由に病院や治療法を選択されているような印象があり、私もつい「娘のために、のぞむ治療のためならどこへでも」と思ったものですが、そう簡単なお話ではない様子…。


確かに、あおいのように生まれながらにして重度の障害がある子どもと、高齢とともに医療ケアが必要になった方々とでは、どうしたって色々事情が異なってくる…ということは医療の知識が全くない私にもなんとなく想像ができました。


高齢者の方々が新しい医療機関に行っても、病院側がケアを与える期間はある程度目安がつく。それに、そういった方たちの中でも、長期にわたり、呼吸管理や全介助入浴といった重めのケアが必要な人は少数ではないでしょうか。


けれど、生まれつき重度の障害をもった子供たちは、5年、10年どころか、(無事に成長してくれれば)この先数十年、病院側が多くのケアを提供しなければならない可能性があるのです。

重度障害児をひとり受け入れるということは、医療機関の経営的な観点からみても、また患者に対する治療の責任という点でも、慎重になってしまう…という側面があるのかもしれません。



あおいが専門病院に転院し、分離オペの話が具体的になってくるとともに、実は、私たち家族は、あおいの生まれたS市から都内に引っ越す、という選択をしました。


入院生活が長期間になること、オペ後になにか問題があったら直ぐにオペをした病院にみてもらえるようにしたいこと、福祉ケアの手厚さの違い、療育の事情・・・等々、色々と考えてのことでした。


パパの通勤時間が以前よりも長くなることになってしまいましたが、快く了承してくれました。また元々住んでいた地域からもそれほど凄く距離があるわけではないため、実現できたことです。


以前、訪問看護師さんが貸してくださった看護ケアの雑誌の中で、「障害のある子供の医療ケアのために転居を選択した家庭は十数%」という記事を読んだことがあります。


こういってはなんですが、医療には必ず地域格差が存在するのではないかと思っています。

そういった中、医療事情が極めて悪い土地からやむを得ず引っ越した方もおられるのかもしれません。

けれど、ご兄弟の就学の都合、親御さんの仕事の都合などで、転居を安易に選択できない方もたくさん、たくさんおられると思います。


「住む場所について色々検討できるのは、障害児が就学する前(7歳)までだと思う。」


…とお話されていたママさんがいましたが、確かに学童期に入る前までには、地域の医療との連携を確立しておきたいところだなあ、と思います。それに何と言ったって、重度の障害のある子供を抱えて何度も転居することは、容易なことではないのですから。


私たちが、今の地域に引っ越して、娘を診て下さる病院や在宅の先生がおられること…。一見当たり前のように思えるけれど、私は、そのことに、毎日感謝してもしきれないくらいなのです。



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さて、長々と、最初の話と大変に軸がずれてしまったのですが、ここでもう一度、「小児科には一体いつまでかかれるのか」という私の疑問を、再度提起させていただきたいと思います。

あおいの胃ろうオペを検討しているときに、私は、お医者さんにこう伺ってみたことがあるのです。


「分離オペとか胃ろうオペの定期的な診察ですけど、これは娘が成人したあともこの病棟で受けられるんでしょうか。それとも別の大人のかたの病棟を紹介していただけたりするんでしょうか。」


すると先生は、


「うーん。本当はそうなると一番なんだけどね。結構みなさん長いこと小児の方でみてたりしていますね。」


と仰っいました。



やはり、重度障害児の医療ケアは“特別扱い”という言い方には語弊がありますが、医療をとりまく様々な事情によって、「もともと付き合いのある診療科に長期間診ていただく」というケースが数多く存在しているのかもしれません。

あおいに関しても、長きにわたって、信頼している、同じ小児科でみてもらえることができたら、それは本当に、本当に、有難いことだと思います。



けれど・・・。無知で愚鈍な私が最初に感じた、「小児科に大人がいる違和感」も、実は間違った感情ではないのではないか、とも思ってしまうのです。

やはり小児科は子供たちのための病棟であるべきなのでは、と、どこかで思ってしまう。

たとえば、将来、成人したあおいが小児病棟に入院していて、もし、そのために他に医療ケアを必要としている小さな子供のベッドが塞がってしまったら・・・。

そのとき私はどのように感じるでしょうか。
もっとも私自身がこの先どうなっているかわかりませんし、年老いたときには、そんなことを考える余裕すらなくなっているかもしれませんが…。



●娘が無事に大きくなってくれたときには、小児科をでて、別の場所で、これまでの小児科と同じくらい手厚いケアを受けれるようになっていてほしい。


●重度の障害を持つ子供や人は、基本、あらゆる診療科の診察を必要としている。内科、外科、消化器科、整形外科、眼科、耳鼻科…。重度の障害があるからこそ、のぞむ診療科に、自由な選択肢で、もっと気軽にかかれるようになっていてほしい。



これは医療の世界の内の事情も、医療をとりまく社会情勢のことも、つゆ知らない、私の勝手極まる理想論ですが、これが今の私の正直な本音なのです。


自分の子供、そしてそのあとに生まれてきた同じ重度障害の子供たちが、将来、今よりもより恵まれた環境にいてほしいと願うことは、我儘な願いではないと思いたい。


それに、私たちが今、享受している今の環境も、ネットすらなかった時代に、声をあげてきたお母さんたちが、戦って勝ち得てくれたものなのかもしれないのだから。


今は一日いちにちを乗り切るだけに精いっぱいですが、どこかで私も、未来に目をむけることができたら、と思っています。




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2017-03-27(Mon)

素人でも読めるリハビリの教科書!? 「脳性まひ児の家庭療育」

今回は、私が大変重宝している、リハビリ関連の書籍をご紹介したいと思います。

実は、娘のあおいが1歳7か月のとき、病状について、整形外科に、セカンドオピニオンを聞く機会があったのです。

遠方の病院で、あおいと私は先生に直接お会いできず、私の母(あおいの祖母)を介して、書面での遣り取りになってしまったのですが、「なにか素人でも読めるよいリハビリの本はないか」と伺ったところ、薦められたのがこの本でした。


中身は結構専門的ですし、素人でも読めるといいつつ、素人だとちょっと読みづらいと感じる部分も多々あるのですが、療育のあらゆる面について書かれた、まさにリハビリの教科書、という印象を受けました。

薦めてくださった先生が、“自分が必要だと思うところから、何年もかけて読むとよい”と、仰ってくださったとのこと、気の向くまま、知りたいと思った部分を、時折繰り返し読んでおります。





脳性麻痺児の家庭療育

↑「脳性まひ児の家庭療育 原著第3版」
編著:Nancie R. Finnie 訳:梶浦一郎 鈴木恒彦
医歯薬出版株式会社発行 サイズA4 全約330p(厚さ2㎝くらい)

価格が税別3,500円とお高めです。先生に薦められたこともあって、私は新品で買ってしまいました。多分図書館にも入れてもらえると思いますし、たまーに、赤線が引かれてるような勉強あとのついた古本が、ネットで安く売っているかもしれません…。



この本の中で一番よいと感じたのは…たくさんの子供の絵(写実的な絵ではなくものすごく簡素な絵です)が載っていて、「この姿勢はしてはいけない」「この姿勢をするといい」というのが色々と書いてあるところです。

正常な姿勢反応と異常な姿勢反応の違い、手の機能の発達の仕方、緊張が高い子供の抱っこの仕方
…などが図とともに説明されているのが、分かりやすく、私には、とても参考になりました。


私もあおいに、「今度こういう姿勢をさせてみよう」とか、「こういう風に顔回りの嚥下訓練をしてみよう。」など色々発見がありました。


また、在宅生活に入ってからお世話になっているOTの先生に、「この本のここが分からない」とおききすると、教えてくださったり、母親がリハビリについて学ぶ中でなにかと便利な本なのではないか、とも思います。


摂食やコミュニケーション、トイレトレーニングや衣服の着脱など、障害児の生活のあらゆる面について、幅広く書かれています。

対象年齢は0歳~5歳、とありますが、あおいの場合、心身ともに発達がすごくゆっくりなので、上手くゆけば、もっと長い間、重宝しそうな気がします。

経管栄養や呼吸器の管理などについては触れられておらず、“正直、チューブとかあるとこの体位簡単にはできないわ”などと思うこともありますが、そのへんは自分で方法を探っていくところでしょうか。



最初の部分では親のあり方についても言及されていて、こんな文章もありました。



「障害のある子どもを望む人はいません。私たちは誰もが、丈夫で、顔だちもよく、頭のよい子を望むものです。(略)
脳性まひ児の両親の抑うつされた悩みは重く、事実たいていは厳しいものがあります。最初は、怒り、罪悪感、恥ずかしさ、絶望、自分を哀れむ気持ちなどにうちのめされ、次には逃れたいという苦しみの方が大きくなります。(略)最初の混乱に代わって、悲しみ、わびしさや孤独感、失われた正常な赤ちゃんへの切望がわいてきます。こうした悲嘆が続くうちにも、自分たちが望んできた赤ちゃんをもてなかったことに徐々に順応していきますが、一方で、現実の赤ちゃん(脳性まひ児)はそこに横たわり、普通の世話を求めているのです。」


(「脳性まひ児の家庭療育 原著第3版」第3章1.受け入れの問題 より一部抜粋)




私がこの本に出会ったのは、あおいがちょうど分離オペを受けたあとの頃。「私は自分の子供に障害があることを受け止めている」と思っていましたが、それでも、最初にこの部分を読んだときには、すごく胸に突き刺さるものがありました。


著者は、イギリス人?の、理学療法士の方で、元となる第1版が出版されたのは1970年だそうです。


「両親が障害のある子供を受け入れていくこと」「必要な助けを求めること」「最終的には大きくなったときに社会とつながりを持つことを目標としていくこと」…など、“療育”そのものの考え方について書かれているところが、欧米的(キリスト教社会的)なのかなあ、とも感じました。


今は第4版がでているようですね…。
私が購入したのは第3版ですが、娘の療育に必要と感じた部分から、日々少しずつ取り入れていきたいと思っています。


************
最近の読書といえば漫画本ばっかりになってしまっているのですが、長期の入院生活の頃、脳性麻痺に関する書籍をちょこちょこ読んだりしていました。その感想などを時折、「障害関連の書籍」のカテゴリで書きたいと思います。




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2017-03-25(Sat)

もしかして私、“うつ病”ですか? 「メランコリア」をぶっ飛ばせ!

娘と在宅生活をはじめて3か月程経ったころ、ふと、夕方になると、どっと身体が疲れ、気持ちが一気に沈み込む…というシーズンがありました。「後ろを振り返らず、前を向いて頑張る」と決めたのに情けない限り…。


「私、毎日こんな子供の世話だけにいっぱいいっぱいで、人生これでいいのかな?」
「なんだか娘を毎日リハビリさせないと、という強迫観念に追いやられているような気がする。」
「まわりをみると、健常なお子さん3人産んで、フルタイムで働いているような人もいる。私は何一つできない無価値な人間なのではないか。」



そんな思いが次々と浮かんでいき、身体がものすごく重くて、コップ1杯の水を汲もうにも、立ち上がれない。
そのときハッと思いました。

「あれ? これって、もしかして、うつ状態、とか、うつ病なんじゃないの、私?!」

うつ病って一体何なのでしょう?…。「うつ」と自覚すれば「うつ病」なのか。それとも認識していなくても「うつ状態」の人間は数多く存在しているのか。

そういえば…。
以前、私が会社を辞めてしまって、次の仕事を探すまでの間、「メランコリア」という1本の映画をDVDで観たのです。


作品の監督はラース・フォン・トリアーというヨーロッパの人で、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」などを撮った、カンヌ映画祭で賞もとっている人なのですが、どちらかというと、ちょっと重めの、尖った作品の多い監督。正直、以前はあんまり好きじゃありませんでした。


この「メランコリア」という作品は、2人の対照的な姉妹が主人公になっていて、その物語は2部構成でキッパリ分けられています。そして、明らかに、“うつ病”をテーマとした作品なのです…!


メランコリア

「メランコリア」販売元:ジェネオン・ユニバーサル
(C)2011 Zentropa Entertainments27 ApS


ここで簡単に「メランコリア」のストーリー紹介。

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第1部 ジャスティン(妹の方で、うつ病を抱え込んでいる)

第1部では、主人公・ジャスティンの結婚式の様子が描かれます。ジャスティンは若く、イケメンの新郎が隣にいて、式にはたくさんの友人や同僚が来てくれているというのに、そんな祝いの席の中でも、情緒不安定なことこの上ない。(なんでうつ病なのに、結婚式なんかしちゃってるのよ、とツッコミながらみてました。)

ジャスティンの姉のクレアは、大金持ちの夫を伴侶にもつ1児の母(いわば人生の勝ち組)で、ジャスティンと対照的な冷静な性格。姉は妹を必死にサポートしようとするのですが、結局、うつを抱えたジャスティンは、自らの結婚式で、とんでもない奇行に走りまくり、最後には結婚自体を完全にオジャンにしてしまう…というのが第1部。

この姉妹、なんでこんなに性格が違うんだろう。なんで妹の方はうつ病になったんだろう。
そういった理由は確か具体的には何も語られていないのですが、式に登場するジャスティンの両親や同僚が一癖も二癖もある人たちで、彼女の奇行は全く理解できないものの、ジャスティンが「なにかに苦しんでいる」というのは、切に伝わってくるのです。全編とおして何とも憂鬱なパート。途中でDVD止めて放り出そうかとも思う有様でした。



第2部:クレア(姉の方で、1児の母の常識人)

第1部の数日後くらいの時間経過だと思われるのですが、ここで、イキナリ話がぶっ飛んできて、なんと、「もうすぐ地球に巨大惑星がぶつかる」という事態に陥っているのです…!作品の舞台も、主人公がこの姉妹なのも第1部と全く同じ…。しかし、ここでなんとも奇妙な大逆転が発生するのです。

第1部であれだけ死んだ魚のような目をしていた、うつ病のジャスティンが急に生き生きとしだし、逆に冷静だったはずのクレアがどんどん狂気に追いやられていく。

ジャスティンからすれば、「失うものもないし、こんな生き辛い世界とオサラバできるわ。」ということなのでしょうか。一方、今まで“人生の成功者”だったクレアには、「今から地球が滅亡します」なんて事実、到底受け入れられず、茫然としてしまいます。この姉妹の精神状態の入れ替わりようが、私には、とても、とても興味深かったのです。

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ほとんど外出もできず、日中、娘の世話に明け暮れる中、この映画のことをなぜかふと思い出し、私は思いました。

自分は今、ジャスティンの側だろうか。それともクレアの側だろうか…と。

もしこの映画の第2部と同じ状況に自分が置かれたら…。


「もうすぐ巨大惑星がぶつかって地球が滅ぶ?!冗談じゃないわ、私の子供はゆっくりでもこれからもっと成長して、楽しいことたくさん経験するのよ!」

こう思える私は、クレアの側に近いんでしょうか。だとしたら「正常な世界での常識人」…。あらあら、まだまだ大丈夫なんじゃないか、と思ってしまいますね。

でも会社を辞めたあと、この映画をはじめて観たとき、その破滅的でなぜか美しいラストに心が洗われるような気持ちになったのを覚えています。ひょっとして、あのときの方が、病んでたんじゃないか、私。


完璧な精神状態の人なんて、なかなかどこにもいないと思います。この映画の姉妹のように、人間、状況次第で正常にも異常にもなり得るし、「うつ」であるかの境界線は、実はとんでもなく曖昧なのかもしれません。


「メランコリア」を撮ったトリアー監督は、自分自身がうつ病だったときにセラピストと交わした遣り取りから、この作品の着想を得たといいます。

「憂鬱に支配された人々は最悪の状況を常に予想していて、実際に悲惨な事が起こった際には普通の人々よりも冷静に対応できる。」・・・と。


子供が障害を抱えていること…。それは、想像以上にストレスフルで、ときにメンタルが弱ってしまって、ひとり暗い気持ちを抱えてしまう母親はきっと私だけではないはず…。


けれど、そうした経験をしているからこそ、今まで気付けなかったことに気付けたり、他の多くの人が気付けないことに気付いたり…。そんな場面もあるのではないか、と思うときがあります。そして、ほんの些細な事にも人生の深い喜びを見出すことができるのではないかと…。


とはいえ…。この映画のことを思い出して、ひとつ思ったこと。
時々猛烈に心がしんどいときには、「私、しんどい」と言ってみていいような気がします。
この映画のジャスティンにまでなってしまったら、いよいよヤバいかも…!



**********
ここ1年近くの間で、私は、たまに、うつ病や親子関係に関する書籍を読んだり、メンタルクリニックに行ったりしてみたり、なんか色々してました…。その中で得られたこと、障害のある子供を育てる中での私の精神状態の葛藤、また子供を産む前から私自身が人として抱えていた問題…など、この「メンタルヘルス」のカテゴリで、時々語れれば、と思っています。なんかいよいよゴチャゴチャしたブログになってきたなあ。




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2017-03-25(Sat)

胃ろうオペまでの選択 その2 消化器科で受けた検査の結果と医師の診断

娘のあおいは、胃ろうオペ等を検討するにあたり、1歳11か月のときに消化器科に2泊入院し、検査を受けることになりました。
結果は、消化器の先生だけでなく、臨床の先生の診断もついた状態で、約1か月後の診察で知ることができました。


検査内容および結果は以下のとおり。


*******************

①胃管造影検査
造影剤を飲むか、管から造影剤を注入して、X線検査を行い、食道・胃・十二指腸のはたらきをみる検査。

・注入すると、胃底部(胃の上部で噴門に近い部分)に造影が貯留した。(進みが悪い)
・造影剤を流しても、約30分、胃に造影剤が停滞していて、十二指腸に進んでいない。
(胃の働きが極めて悪い。)
・食道部分の通過、クリアランス(清掃機能)は問題なし。


②上部消化管内視鏡
食道~胃までファイバースコープでみる検査。

食道下部発赤あり、胃内も点状に発赤あり。(ところどころ荒れている、ということ。)



③食道内内圧検査
食道の中の圧力をはかる検査。食道がものを運ぶ蠕動運動の具合と、食道と胃の間にある噴門部分にある逆流を防ぐはたらきが機能しているか、を診る。

これ、検査結果の紙になにやら解読できない日本語が書いていました…。
意味をきいたら、噴門の働きに異常はなさそうですよ、とのこと。



④phモニター(24時間測定)
管を喉にとおして、食道のph(酸度)を24時間とおして測定し、逆流の度合いをはかる。

24時間中、逆流が92回、時間率3.4% 5分以上の逆流は0回 最大逆流時間は2.3分


********************


正直、検査結果の紙をみせられても、どのくらい悪いのか、どういう方向に進むべきなのか、サッパリ分かりませんでした。


けれど、紙の最後の方に、チラッと、
逆流性食道炎あり。胃ろう+噴門形成術の適用範囲 と書かれていました。


なるほど…。
「じゃあ、とりあえず、胃ろうと噴門形成はセットで受けた方がいいということですね?」

と、いざ消化器の先生に伺ってみると…。


「逆流はあるにはあるが、ものすごく酷い、というわけでもない。噴門形成を受けた方が絶対によいとは言い切れない、微妙な結果である…」とのこと。


さらに、
「あおいの場合、逆流よりも、胃の進みが悪い、胃にものを入れても消化していかない。この症状の方が問題。」
「よって、胃ろう+噴門形成よりも 胃ろう+腸ろう の方が、長い目でみたら、現実的かもしれない。」


とお話をいただきました。

消化器の先生も、100%とは言い切れない、検討の余地もある…という含みのあるお返事でした。(まあ、「今すぐこのオペ受けた方が絶対いいんだからね!」とか言われるよりはよっぽど信用できると思うんですが…。)

結果を持ち帰ってから、随分と悩みました。



2歳1か月あおい胃ろうオペ前 - コピー

↑2歳1か月のあおい
在宅の先生に、“胃の機能を少しでもあげるには、なるべく座位をとらせて、重力の力で胃の中のものが下に落ちていくようにすることよい”とアドバイスいただき、この頃とにかく座位姿勢をとらせようと躍起になっていました。



さらにその後、在宅の先生、外科の先生ともお話をして、この結果について相談しました。


●外科の先生は…
胃が働かないのは、これまで胃を使ってこなかった、ということもあるかもしれない。経腸栄養だった人でも、胃ろう+噴門形成で胃から消化できるようになった人もいる。


●在宅の先生は…
あおいちゃんは、胃から空気がひけることが多い。そういう子供が噴門形成を受けると、ゲップがで辛くなったりして、余計にガスっ腹になって、消化が今より悪くなるかもしれない。


うーん。ますます迷い始めました。
ここで急いで手術の予約はせずに、約4か月間、様子をみて、検討し、「どの手術に進むべきが再度ご相談したい」と外科の先生にお伝えしました。



その後、色々お付き合いのある先生方など…新しく通うことになった療育病院の先生、これまでみてもらった専門病院の先生、家に来てくださる看護師さんたちから、胃ろう、噴門形成、腸ろうについて、色々ご意見や情報を集めることにしました。



(その3 胃ろう・噴門形成・腸ろうにまつわる情報  へ続く)


※ブログを始める前から、オペの情報など色々下書きを準備していたのですが、次の③の情報が、全然まとめきれておらず、アップするのに少し間があくかと思います。先に、全然医療ケアと関係ないカテゴリの記事があがっていくかと思いますが、もし胃ろうオペの記事でみてくださってる方がいたら、あちらこちらに話題がとんですみません。




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2017-03-24(Fri)

胃ろうオペまでの選択 その1:なぜ胃ろうオペに進もうと思ったのか

私の娘は、胃ろうオペを、つい2か月前に受けたばかりなのですが、親である自分の復習の意味も兼ねて、少しずつ記事をあげていきたいと思っています。


まずは、胃ろうオペを決断するまで…について、


①そもそもなんで消化器のオペにすすもうと思ったのか
②消化器科で受けた検査の結果と医師の診断
③私が集めた、胃ろう・噴門形成・腸ろうにまつわる情報
④結局なぜ胃ろうオペを選択したのか
⑤胃ろうオペを選択した私の課題


という順序で書いていきたいと思っています。

まず、なぜ消化器のオペにすすもうと思ったのか。


あおいが在宅を開始して5か月ほど経ったころ、在宅の先生に、「胃ろうをはじめとする消化器のオペのご相談をしたい。」とこちらから先生に申し出ました。

このとき、特にあおいは格別体調が悪かったりしたわけではありません。なにか直ぐにオペをしてでも現状を変えなければ生きていくことに差支えがある…という、分離オペのときのような状況ではありませんでした。

それなのに、なぜ手術に向けて積極的に話をきこうとしたのかというと…。


チューブ説明


上の写真のように、あおいの鼻には常に2本チューブが入っている状態でした。
1本でもかなり邪魔で不快そうなのに2本も…。


右のチューブがEDチューブという、十二指腸まで入ったチューブで、あおいはこのチューブから栄養を入れて消化しています。

左のチューブが胃チューブ。胃まで入っています。飲み込んだ空気やたまった唾液をここから適宜ひかないと、お腹が膨れて嘔吐してしまうこともある…という有様でした。


同じように経管栄養のお子さんでも、胃チューブのみ、もしくはEDチューブのみで過ごされているお子さんが多いかと思うのですが、それと比較しても、あおいの消化の状態はかなり悪い、ということが言えると思います。



「このチューブを1本でも顔からなくせないか。」
「2本も入っていると余計に嚥下状態が悪くなりそうだし、食道を痛めそうだ。」
「顔回りの筋肉も強張るしSTのリハビリが制限されているような気がする。」


というのが消化器のオペにすすもうと思った大きな理由です。


正直、一番なくしたいのはEDチューブでした。これは抜かれてしまうと病院まで行って入れ替えなければならないシロモノで、夜間時はかなりあおいを拘束しなければならないのです。入れ替えのためには、レントゲンを撮って、造影剤を飲んで…とあおい本人に一番負担がかかってしまうため、本当は自由に寝かせたいものの、こうなってしまっています。


寝る前2歳6か月

↑寝る前に抑制をされる2歳6か月のあおい。おくるみの下も、ミトンやスプリントがついていて、「羊たちの沈黙」のレクター博士みたいになってしまっている…。これだけしていても、夜中目を覚ますと全ての抑制がとれていて、チューブがずれていることがあった。あなた、引田天功ですか…。



また在宅に入ってから、体調は大体概ね安定しているものの、時々、嘔吐、胃からの出血した古い血がひけることがありました。

これらに関して、

胃のチューブのあたりどころが悪くて嘔吐の原因になっているかもしれない

という考察もあり、最悪EDチューブが残っても、胃チューブだけでもとれた方がいいかもしれない、とも思ったのです。


あおいの消化器のオペはどういう選択になるのか。


●胃ろうではなくて腸ろうになるのか。
●それとも胃ろうと腸ろうをセットでつくってしまうのか。
●胃ろうを選択すると、噴門形成という逆流防止の手術もセットでついてくるのか。


このへんが、どうにもイメージがつきませんでした。


とにかく手術を検討するにあたっては、「胃や食道の逆流状態を詳しく精査吟味することが必要」とのことで、あおいは1歳11か月のときに、消化器科に2泊3日の検査入院をすることになりました。


(その2 消化器科で受けた検査の結果と医師の診断  へ続く)




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2017-03-22(Wed)

娘の障害をあきらめきれない私は悪い母親なのか

娘のあおいは、ものすごくゆっくりですが、彼女ならではの個性で、日々成長してくれている…と思っています。

けれど、その一方で、

「ある日突然すごく調子がよくなって、もっとたくさんのことが出来るようになるのではないか。」
「ものすごくゆっくりでも健常児の子の出来ることが少しずつ出来るようにならないだろうか。」

…などと思ってしまう自分がどこかにいるのです。


こういった思いは、子供の月齢が行くうちに、次第にあきらめがつくものなのでしょうか。


病院や療育園でお見かけする、私の娘よりも、ずっと年上の、就学期を迎えて以降のお子さんの親御さんたちは、私よりも落ち着いている…子供の障害に対して、(良い意味で)冷静さと受容を持っているようにみえるときがあります。


「どこまで無事に成長できるかも分からないけれど、もう少し色々あきらめず試してみよう。」

「歩くこと。座ること。食べること。いつか娘に関することで全てをあきらめなくてはならないときが来るかもしれない。けれど、それは今ではない。」


…と、私は日々自分で自分に言い聞かせているのですが、私が娘の障害に対して、あきらめがつく、落ち着いて受け入れられる、というときがいつか来るのでしょうか。




それに…。
ふと、「娘を健常者に近づけたいと願う私の思いは、実は一番娘の障害を差別しているのではないか?」と、思うこともあるのです。


「自分で座れるようにならないだろうか。」
「腕が曲がっているのをなおしたい。」
「ほんの少しでも口から経口摂取できるようになってほしい。」


こうした思いは、娘のためを思ってうまれたはずなのに、時々なにかを見失っているような気持ちになることがあるのです。


「ほんの少しでも普通の子供に近づいてほしい。」


そこには、まわりから「重度の障害児の母親だ。」と思われることを受け入れられない自分がいるようにも感じてしまうのです。



加えて、「母親である私は娘のリハビリを頑張っている。」「頑張って、○○ができるようになった娘を誰かに認めてほしい。」…という複雑な思い。


“努力によって成長しているのは娘”であり、私はそれをアシストするだけの存在であるはずなのに、母親である私の自己承認欲求がどこかで暴走しているように感じるときもあるのです。


もちろん、“頑張ろう”という気持ちは決して悪いものではないと思うのだけれど…。


そして、育児という、仕事と異なって他者からの評価を得難いためにときに自信を失いがちなライフワークにおいて、自分で自分を褒めることは、十分に必要なことだとも思っているのだけれど…。



そもそも、母親の私は一体なんのために娘の療育に取り組むのか?


●なにかができるようになる、という喜びを娘に知ってもらうため
●将来的にどんな障害の度合いであろうと、できうる限りの自立を目指すため
●身体を動かすことにより、この先訪れるかもしれない二次障害を少しでも予防するため
●人との触れ合いやコミュニケーションを通じて人生を豊かにするため
●身体を動かすことの楽しさや、学ぶことの楽しさを感じ、人生を豊かにするため



忙しなく子供との毎日を送る中、つい、本来の目的を忘れてしまうことがあります。


「娘の障害をあきらめられない母」ではなく、「障害児の親である自分をあきらめられない母」になったとき、親子関係はすごく歪なものになってしまうと思うのです。


「あおいと私は別の人間で、別の人生であること」「そのあおいの人生をサポートする療育を、母としてすすめていきたいということ」。

その思いを忘れず、日々どうか過ごせますように。

そして、娘の障害について今よりもっとあきらめなければならないときが来ても、そのときにまた別の目標に向かって歩んでいけますように、と願っています。



*******************************

この「ママのぼやき」のカテゴリで、たまに、“障害児の育児をしていく中で自分が思ったこと、感じたこと”、“障害児を取り巻く社会や医療の状況について思うこと”などについて、(単なる愚痴とか痛い自分語りになりそうですが)気持ちを吐き出していきたい…と思っています。



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2017-03-21(Tue)

娘と私の一日

娘のあおいは、分離オペを受けたあと、1歳8か月からようやく在宅生活に入ることができました。
長い入院生活をしていた私たち家族にとって、“在宅”は夢のような言葉でした。


在宅生活を送るにあたって、

●往診(在宅の先生の診察):2週間に1回
●訪問看護:週3回(1回約90分)
●訪問リハビリ(OTさん):週2回(1回約60分)


…という感じで、家にいながらもサポートしてくれる方々の支えを受けることができています。
(リハビリも自宅で受けることができることにビックリした。とても感謝しています。)

また2歳3か月からは、月2回、療育園での通いリハビリにも行き始めたものの、基本は自宅にいることが多いです。

来月でちょうど在宅生活がはじまってから1年なのですが、
昨年度の1日の過ごし方…。なんとなくですが、大体、こんな感じでした。




【6:30~8:30】
あおい起床、経管栄養スタート、パパ出勤
着替え、母朝食、ST5分~10分、口腔マッサージ、手遊びなどをして遊ぶなど

【8:30~10:00】
うつ伏せ体勢で本読み、ジャンパルーで立位のような姿勢をとらせる、
バランスボールでの寝返り練習/背筋伸ばし/骨盤トレーニング など体勢を色々変えて遊ぶ

【10:00~10:30】
近所のスーパーまで外出

【10:30~13:00】
服薬、経管栄養2hスタート、ST5分~15分。あおいこの間30分~60分昼寝 
母昼食 起きている間はなるべくサポートして座位姿勢をとらせておもちゃで遊ぶ

【13:00~15:00】
訪問看護さんが来られる 前半はバイタル測定、お風呂 後半はみてもらっている間に母晩御飯準備、家事など

【15:00~17:00】
経管栄養2hスタート あおいこの間60分~120分昼寝 母休憩

【17:00~19:00】
録画した「おかあさんといっしょ」を鑑賞 吸引が多くなる時間帯
まったりしながら遊ぶか、余力があれば座位姿勢をサポートしておもちゃで遊ぶ

【19:00~21:30】
経管栄養2hスタート、パパ帰宅、父母食事、その後交代でお風呂、色々片付け
なるべくサポートして座位姿勢をとらせて遊ぶ、バランスボール、歯磨き、着替えなど

【21:30~22:00】
服薬、寝かしつけ開始 22:00前後に就寝 夜間~翌朝5:00まで続く経管栄養スタート


・パパ:基本土日お休み ママ:未就業 
・吸引回数:日中100回、夜間0回~5回
・就寝時は酸素モニタ必須




ジャンパルーにのるあおい2歳3か月
↑2歳の誕生日に購入したジャンパルーで遊ぶあおい。(購入価格約18,000円)身長81㎝までなので、結構ギリギリになってきた。
立位とはいえないけれど、足でぴょんぴょん跳ねられるし、目線が変えられるので、重宝しています。
時々、後ろにのけぞったりしてしまうことも…。



バランスボール2歳7か月
↑バランスボールは訪問リハビリの先生のススメで購入。(65㎝/購入価格約2,500円)
胃ろうオペをしてからは腹部の圧迫をするから…となかなか再開できていない。一緒に抱っこして座って跳ねたり、仰向けに乗せて背筋を伸ばしたり、使い道が色々。



トッターにのったあおい1歳11か月 - コピー
↑1歳11か月のあおい。座位保持椅子を持っていないので、在宅に入る前に病院でお世話になったPTさんのススメで、コンビのネムリラを購入。まわりにタオルを敷き詰めて補強して、座らせている。この状態で口のマッサージをしたり、経口摂取の練習をしている。(購入価格約27,000円)





なんというか朝少し外気浴をする以外は、ほとんど家…という生活。
体調を崩してしまっとき、天候の悪いとき、また胃ろうオペ前後はそれすらできませんでした。

あおいとひたすら遊んでいる以外大したことはしていないはずなのですが、一日の終わりにはぐったり。
パパが夜や土日に代わってみてくれているおかげで、なんとかまわっています。


多分、自分の中でしんどいのは、まず吸引回数が多いこと。これがあるため気軽に外出もできないでいる。

あと、EDチューブという、抜管されると即病院に行かなければならないものを付けているため、基本なかなか目が離せず、私がトイレに行くときも、抱っこしてトイレ前の床にあおいを置いて、ドアを開けたまま用を足すという生活…。


もともと私は、一人でいることをあまり苦痛に感じず、なんでも淡々とマイペースにするタイプ…だと思っていました。

訪問の方々にもそんなに来てもらわない方がかえって気楽かも…。なんて最初思っていたけれど、とんだ間違いでした。

あおいと私、ずっーと2人きりだと、私も息苦しく感じてしまうときがあるし、あおいの方も、退屈しているような気がする…。
現に、あおいは先生や訪問看護さんが来ると嬉しそうなのです。私も”自分以外の誰か”があおいをみてくれること、知ってくれていることに大きな安心を感じます。

訪問の方々が色々支えてくれたおかげで、1年在宅生活を続けることができました。それでも…。


最近、なんとなく生活に張り合いがなく、色々と限界を感じはじめています。(ブログをしよう、と思ったのも、そういう気持ちが影響しているかもしれません。)

あおいには兄弟もいない。もっと外に出てほかの子供たちと触れ合う機会がなくていいのか。このまままでいいのか、と、最近強く感じています。

そして私自身も、娘と家にばかりいて、これでいいのか。

来月から在宅生活をはじめてちょうど1年。
色々課題もありますが、春から療育だったり、通園だったり、新しい場所に身をもっていけないか、とようやく調整をしはじめました。

この1年間で得られたものはたくさんあったと思いますが、これから、娘も、私自身も、少しずつ、外の世界と触れ合っていけないだろうか…と考えています。




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原因不明の脳性麻痺の娘・あおいについて綴るブログです。喉頭気管分離オペ・胃ろうオペを受けています。

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