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2018-01-19(Fri)

~胃ろうオペから1年、振り返り色々~

娘のあおい(現在:3歳6ヶ月)が胃ろうオペを受けてから約1年が過ぎました。


娘は、「胃に注入してもそこから先に進んでいかない」という消化の悪さで、経腸栄養チューブ(EDチューブ)を残してのオペでした。


今も胃ろうからの注入が上手くいくときもあれば、上手くいかないときもあり……結果としては残念ながら、現在もEDチューブは抜けていません。



そんな状態でもオペしてよかったのか??噴門形成はしなくてよかったのか??胃ろうにトラブルはあったか??等々、今までの記事のまとめ的内容ですが、振り返ってみようと思います。





【胃ろう漏れのトラブルについて】

衣服がグッショリ濡れるほどの胃ろう漏れが1回あった以外は、大きな胃ろう漏れはなく過ごせています。

(ちなみにこのときの漏れは、胃ろうのバルーンが腸への通り道を防いで空気が溜まって起きたんじゃないかと言われています。)

シャフトの短い胃ろう0119- コピー


また当初は、胃ろうにガーゼをつけて管理していましたが、術後3ヶ月ほど経った頃にはガーゼが染みることも減ってきて、その後はなにも付けずに過ごしています。





【肉芽のトラブルについて】

肉芽は術後3ヶ月ほど経った頃からほぼ完全に消失しました。

最初のボタン交換後の胃ろう 0119- コピー

↑1番ひどかったときがこんな感じ。(術後約1ヶ月)


胃ろうオペあと3才半0119 - コピー

↑今もすこし皮膚に赤みが出たりしますが、余程酷くなければステロイドもなるべく使わずにいます。


肉芽ができないのは、胃にあまり消化の負担のかかるものを注入していないからなのか……本人の体質によるものなのか……(娘は気切オペあとの気管孔にも肉芽ができたことがないので)……色々謎ですが、あまりトラブルがないのは嬉しい限りです。





【胃ろうが抜けるトラブル】

これは今のところ起きていません。

EDチューブが1~2か月に1回はズレた、抜けただのでERに行っているのに対し、胃ろう抜去のトラブルが起きていないのは、やっぱりお腹には手が行きにくいし、テープでほっぺに留めるチューブより安定性があるからかなあ…。





【胃ろうボタンの交換とサイズ変更】

2か月おきに訪問診療で交換していただくことになっています。

胃ろうの太さはずっと変わらずですが、シャフト(長さ)が、23㎜ → 17㎜ → 12㎜ と1年間で3回も変わっています…!

胃ろうシャフト部分図0119 - コピー


外科の先生のアドバイスで短くなって、確かに漏れはないのですが、あんまりキツイのもどうなのかな~先生の好みもあるのかな~なんて思っています。





【オペ後の運動再開】

術後2ヶ月くらいは、うつ伏せもせず、運動機能が落ちたようでしたが、徐々に回復。

腹部を圧迫する恐れがあり、外科医から控えるように指示のあったバランスボールを使ってのリハビリも、術後5ヶ月ほど経ってから、ほぼ以前と同じ頻度で使えるようになりました。

バランスボールうつ伏せ0119- コピー

↑写真はオペ後4か月、2歳10か月のあおい。






【注入内容について】

娘が産まれてから注入物はほぼずっとエレンタールPという経腸栄養剤でしたが、


エレンタールp0119 - コピー


胃ろうが使えるときには、チューブの詰まりを気にせず、エネーボというより栄養価の高い栄養剤も注入することができるようにもなりました。

エネーボ0119 - コピー



胃ろうにすることで、注入するチューブが格段に太くなり、大人と同じもの(ミキサーなどでブレンドして流動食状にしたもの)にもチャレンジできるのかな……と思っていたのですが、娘はかなりサラサラしたものじゃないと消化できないみたいで、それは叶わずにおります。


でも訪問の先生から「自然のものを注入することで、腸の菌の種類が増えて??腸の動きがよくなることもある」というようなお話も伺いました。


最近になって、煮出汁や、水分多めにしたスムージーみたいなものを少量ずつ注入しています。






【注入方法について】

ポンプに繋がれずにいると、行動範囲が広がるので、できるだけ、シリンジによる手差し注入をしていました。

手差し注入0119- コピー


娘の場合、1番消化の良いときでも、“50mlをワンプッシュで入れて、それを1時間かけて…”というようなスパン。

夜中に、ポンプを使っての継続注入をするなど色々試しましたが、朝になると沢山胃残がひけてきて、ギョッとしたこともありました…。難しいですね…。






【結局のところ・・・娘の胃ろう注入の戦績】

胃の動きがいいとき、悪いときで大きく差のある、不思議な娘の消化器……

1年間見渡して、胃への注入が上手くいった時といかなかった時は、こんな感じでした。


胃ろう1年間の流れ0119 - コピー


上手くいくときは突然消化しだし、上手くいかないときもまた突然。造影剤検査の結果もその時々で異なる…。


EDチューブは大事な命綱になっています。


消化については、代謝に問題があるのか??など色々気になって、今月から内分泌科にも掛かることになりました。

何か分かったら、また書きたいと思います。







【噴門形成を見送ったことについて】

正直なところ…「噴門形成も一緒に受けちゃえば良かったんじゃね!?」という思いが3割くらいあるかも……。


娘は胃食道逆流がありつつも、呑気がひどいのと、また分離オペをしているから誤嚥することはないのとで、噴門形成を見送りましたが、逆流はやっぱりあるんですよね。


酸性に変色0119 - コピー

↑ヨダレをリトマス紙につけると、赤(酸性)に変わったり…



娘のように消化器が元から弱い子の場合、成人以降などに状態が悪化する可能性はあるのか…そういう時期に再検討してもよいオペなのか…小児外科のサポートが受けやすいときに必要なオペを早めに受けておくのがいいのか…本人の様子では分からないけど、実は食道がヒリヒリしてて辛いからすぐに受けるのがいいのか……ブツブツ……



結局1年経っても考えのまとまらない部分でした(涙)


胃の消化のことも分からないことがあるし、ひとまず就学期まで様子をみていこうと思います。



あと話が逸れますが、私、噴門形成したらEDチューブは付けられないもんだと思ってました。

EDチューブと噴門0119 - コピー
↑勝手なソーゾー図


「だって噴門縛ったらチューブ通らへんやん」と思っていたのですが、外科の先生は「縛り具合の調整にもよるし、難易度は上がるが、それでも入れられる。」とのこと。驚きました…!






【胃ろうオペを受けてよかったこと、悪かったこと】

オペを受けてよかったのは、まずチューブが1本減っただけでもスッキリしたこと。

チューブ説明 0119 - コピー

↑以前は鼻から胃チューブを入れてそこからエア抜きしてたので、顔に2本もチューブがありました。


チューブが減ると、食べる練習がしやすくなり、唇や舌の動きが、僅かずつですが、増えてきたように思っています。


加えて胃チューブが抜けて鼻から挿入するとき、本人が辛そうだったのに対し、ボタン型胃ろうの交換はよりスムーズで、本人の不快が少ないようにも思いました。これも胃ろうにしてよかったと思っている点です。




また胃から注入できると血糖値が安定するのか、調子のいい時が増えたように思っています。


EDチューブからの注入は、気をつけてゆっくりめにしていても、ダンピングが知らずと起こっていたんじゃないのかな…。


血糖測定値0119 - コピー

↑昨年夏には血糖測定器を購入。針とセンサ代が高いけど、過去の履歴も見れて便利です。


また因果関係はわかりませんが、吸引が以前よりは減ってきて、本人も楽になり、また移動もしやすくなったように感じています。




「鼻に胃チューブを入れていたなら、そこから胃への注入試せばよくて、胃ろうにしなくてもよかったのでは…」というのも1つの考えだと思うのですが、胃チューブで試していた時は全く上手くいかなかったし、胃ろうでないとここまでチャレンジできなかったかな…。


胃ろうにして悪かったことと感じていることは今のところありません。


オペはリスクのあるものだし、小さな身体で手術を受けた娘には大きな負担だったと思いますが、あえて同じ場所に留まらなかったことで、得られたものもあったのではないか、と思っています。






【今後はGJチューブについて検討】

このまま胃の消化状態が不安定であれば、娘には生涯かけて「胃と腸からの両方併用しての栄養注入」というケアが求められます。

胃ろうの穴から、空腸までチューブを入れる方式(GJチューブ)もあるようなので、今後はその方向性も探って行ければと思っています。








結果が出てない部分もたくさんあるのですが、トータルでみて、胃ろうオペを受けたことでチャレンジできたことが増えた。それとともに娘の体調がよいときが増えてくれた。そんな風に感じています。


何かとせっかちな母ですが、引き続きゆっくりペースで様子みていけるようにしたいです。




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2018-01-14(Sun)

訪問歯科医さんと娘の歯みがき

娘のあおいは、1歳10か月から訪問歯科医さんの診察を受けています。

大体、1~2か月おきに来てくださっていて、1回あたり30分ほどの診察時間。



歯みがきについても、これまで色々とアドバイスいただいたのですが、口の過敏もあるのか、基本的に娘はずっと歯みがきが嫌い…。


今でもこんな感じで、寝ころばせて、娘の腕を私の両足で押さえる感じで行っています。

歯みがき3歳5か月0114 - コピー

↑手を押さえてても、足でとりにくる…。(あおい:3歳5か月)





歯科医の先生からは、「もっと楽しい雰囲気で。」「沢山褒めながら。」「ママが磨くのと一緒に。」などとたくさんアドバイスいただいているのですが、暴れんぼさんなので、いつも余裕ないな~。



子供用歯ブラシ0114 - コピー

↑使っているのは普通の子供用歯ブラシ☆






また「子供自身が歯ブラシを握る機会をつくるとよい。」とのこと。



その際は、“不安定な状態で座ったまま持たせて、転倒して歯ブラシが突き刺さったりすると危険”……なので、寝た姿勢か、座位保持イスなどに座らせて安定した状態で行うとよい…といわれています。



そして娘が持つ場合には、奥に突っ込みすぎないよう、留め具があるような別のブラシを渡すように推奨されました。



ガードのある子供歯ブラシ0114 - コピー

↑スーパーで買った1歳児まで用のブラシなのですが、うちの子、お口も小さいのでなんとか使えています。



ガードのある歯ブラシ使用0114 - コピー

↑確かに娘には、“オエッ”とする反射がないようで、口のかなり奥にまでブラシを入れてしまうんですよね…。




加えて、歯ブラシだけでは取り切れない汚れがあるらしく、「フロスちゃん」という糸ようじで、歯と歯のあいだを掃除するようにともアドバイスいただきました。


フロスちゃん0114 - コピー

”フロスちゃん”20本セットで大体210円くらい。



こちらは本当にかなり嫌がるので、日常使いできていないのですが……

先生が来てくださったときにはこれを使って掃除していただいています。




「歯みがき粉は使った方がいいのか?」「食用の重曹がいいとか何かおススメはあるか?」とお伺いしたところ、「今の月齢だと使わなくてもいいが、味の付いた歯磨き粉だと子供が喜ぶかもしれない。」「でも歯みがき粉を使ったあとは口をゆすがなければならないけど、それが出来ないので、代わりに濡らしたガーゼなどで拭き取ったほうがいい。」とのこと…結局面倒で歯磨き粉は使っていません。








診察時間の半分(15分)くらいは、娘の虫歯チェックと、歯の掃除。


残り半分(15分)くらいは、摂食について悩んでいることなどをきいてもらったり、先生が地元の情報に詳しいので、子供の遊び場の情報などを提供していただいり…とても貴重な時間になっています。



診療費は今のところ、医療費の助成でカバーされています。



先生ご自身から直接食べさせ方や嚥下のフォローについて指導いただくことはないのですが、「あそこの病院でこんな指導を行っている」といった地域の情報をくれることも…。



また「訪問で出来る処置・使える機材は限られているので、定期的に大きい病院にもみてもらうといい。」と仰って、紹介状を書いて下さり、大きな総合病院の歯科にも大体4か月に1回のスパンでかかっています。










そもそも、この訪問の歯医者さんに来ていただけるようになったのは、在宅医の先生(普段カニューレや胃ろうボタンの交換などをはじめ大変お世話になっている先生)がご紹介くださったおかげ…。



引っ越してきたとき…実は母も、”歯医者さんは地域によっては数が多いから、患者獲得のために高齢者向けなどで訪問をしているところがあったら、そこにまず夫婦でかかって、子供の診察も頼んだりできないかなあ”などと思っていたのですが、やはり障害者の訪問をしているところは少ないみたいで……。


まさか在宅医の先生がここまでフォローしてくれると思っておらず、いいお医者さんに巡り合わせてくれて本当に感謝です…!



前歯3歳5か月0114 - コピー

↑気になっている歯の生え変わりのタイミングですが、大体6歳前後だけど子供によってかなり差があるらしい…。ドキドキ…。




脳性麻痺の子は噛み合わせが悪かったり、舌の動きに癖があったりすることで、歯並びが悪くなりやすい…また逆流があったり、食べられないことで口内のphが酸性に傾きやすく虫歯や歯周病になる可能性も高いみたい……


今の内から、気を付けてみてもらえる機会があるのは本当に嬉しいです。

歯石の多い娘ですが、母も相当歯がキタなくなっちゃってて(笑)歯医者さん、そのうち行かなきゃなーと思っています。



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2018-01-08(Mon)

「重症児の心に迫る授業づくり」

先月読んでいた本がとても心に残ったので、その感想をアップしたいと思います。


重症児の心に迫る授業づくり0108 -

↑「重症児の心に迫る授業づくり」三木裕和・原田文孝・河南勝・白石正久・著 かもがわ出版




この本は兵庫県にて、重度の障害がある子供たちの教育をされてきた、学校の先生たち2人が中心になって、執筆されたものです。


最初に出てきた”1人目”の先生は、重度障害児施設の訪問学級を担当されている先生でした。


受け持っている生徒さんが亡くなられることがあったり、…授業についてお見舞いをしにきたのか分からなくなると心迷われたり…この先生は重度の子供たちの中でも、最重度の子供たちの教育をメインに受け持たれているようでした。




本の中にはこんな一節がでてきます。


「重症児の中でも、笑顔で自分の気持ちを伝えてくれる子供たちや、イエスノーをはっきり意思表示できる子供は、介護するものと子供の気持ちが結びつきやすい。愛されやすい。」


「1番重度とされる子供達はどちらかというと人気がなく、かかわってもらうチャンスに恵まれにくい。反応が弱いために介護するものの気持ちがよそにいきやすい。」





普段なかなか声に出してはいえないけれど、これは、障害児の親である私自身も、長い病院生活の中だったり、色々な場面で、感じてきたであろうこと……


でも、こうやってはっきり言葉にされると、改めて胸に突き刺さってくるものがありました。






この本の先生は、ある日思い立って、「自分たちが普段授業している様子や、病棟から教室に移動する様子などを(隠し撮りのような体で)撮影し、あとから自分たちでその映像を見返す。」ということをされたそうなのですが、そこで、


「認識力の低い最重度の子供達ほど、教員から声をかけてもらっていない」…という事実を目の当たりにし、愕然とされます。





先生はこの事実を厳粛に受け止めた上で、



●子供からの反応の実感がないと、「気持ちが通い合っている」というリアリティーがないからこういうことは起こりがちである。


●介助が多い子供だと、どうしても身体の方に意識が行って、心の方を置き去りにしてしまう。




…と分析もされ、その上で、「どうやって教師は生徒と心を通わせればいいのか」と考えを巡らせます。





介助が多いと子供の心を置き去りにしがち…。

これって医療ケアが必要な子の親にありがちな悩みじゃないかな…とも思ってしまいました。

「絶対無言で吸引しないようにしよう。」「娘が話せなくても私からは必ず声掛けをしよう。」……そんなふうに心に決めていても、ケアをしている自分のしんどさが、何かを上回ってしまい、コミュニケーションをとることを放棄してしまうようなことが私には、これまで度々ありました。


分離オぺを受ける前は呼吸も安定しなかったので、娘の顔よりも酸素モニタの数値ばかりをみているときもあったし…

娘がもし健常児なら私はもっとたくさん話しかけてるはず…


そんな風に悩むことは今でもしょっちゅうありますし、普段私は自分の子にどうやって接しているだろうか……と、改めて色々と考えながら読んでしまいました。







この先生は、深い思索と様々な授業での取り組みを経て、最重度の子供たちとのコミュニケーションを探っていかれるのですが…




先程でてきた、「最重度の子は人気がなく、かかわってもらうチャンスに恵まれていない。」という洞察において、



「それでも最重度の子供を手放しで可愛がる職員がいる。」

「そういう人たちはその子が最重度だから可愛がるのではなく、それは、AさんはBちゃんを、CさんはDくんを…というように個別の関係になっている。」

「その理由をきくと、その子が大変だったときに必死に世話をして、それ以来他人のような気がしなかなったから…」



…と、反応の少ない子供達との愛情形成について、先生が答えを探される場面も印象的です。





世の中には、障害者を殺傷したり、様々な恐ろしい事件もあるという中、「一生懸命世話をしているうちに愛が湧く」と答えた職員の人たちのことを考えると、ひとの優しい部分、善人のの部分を強く感じて、勇気づけられるような思いにもなります。




この先生は、重い障害のある子への愛情への結びつきについて、つまるところ、「できないからこそ愛おしいと感じること」…それは「子供のためによいことがしたいけど、うまくいかずに悩む」自分たちの姿と共通するもので、「出来なさの中に願いを読みとる」ことが大事だと書かれていました。





ここまでくると、生きる思想、哲学のようなものを感じますが、常に生徒の心の動きを追い、目に見える結果だけにとらわれず、授業づくりを模索される先生の姿に、読んでいて、圧倒されるばかりでした。




***


そして…次には、いわゆる支援学校の肢体不自由部門の先生が、”2人目”の先生として、執筆を担当されています。


この先生のパートは、私自身が今後も娘との日々の生活の中で意識したいとも思うこともたくさん書かれていました。



●”肢体不自由児”は受身的な生活になりがちだけれど”主体不自由児”ではない

●普段の生活の中で喜びを感じる体験を増やしていくことが大事







この先生の生徒さんとして、呼吸器をつけられた重度の障害のお子さんが登場されるのですが、そのお母さんと先生との遣り取り、問答も読んでいて胸に迫ってくるものでした。


「全く身体を動かせない我が子が主体性を持って生きるということが理解できない。」

「結局すべて介助してもらわないと、何も出来ない。そこに主体性はあるのか。」




先生はお母さんの心の葛藤に寄り添いながら、それでもなお、「介助者を介してでも、なお目的を達成される力」を子供の中に見出そうとされます。




そして、気管切開をされているこのお子さんが、”カラオケにみんなで行く”という歌の授業をとおして、自分の意思で”アー”と発声するようになる過程が描かれていました。






また先生が授業の中で「空気」というまどみちおさんの詩を読んだとき…このお子さんが何度も涙を流したというエピソードがあるのですが、こちらもとても印象にのこりました。



本人にはきっと詩の意味は理解できていないはず……ではなぜ泣くのか??


それは、先生たち自身がこの詩を読んだとき、誰もが呼吸器をつけたこの男の子のことを思い浮かべ、その情動がお子さんに伝わっていったのでは…と分析されていました。






”障害が重い人は、なにも分かっていない、話しかけることにも意味がない”



障害のある子どもの家族は、そんな世間の意識に度々傷つくことがあるのはないかと思います。


でも重い障害のお子さんでも、私たちが認知できないようなルートで受け取り感じたり、なかなか私たちが気付きにくいけどどこかで思いを表出していたり……


なかなか障害と関わりのない人に語るとオカルトめいたも話だと思われるのかもしれませんが……私自身も個人的に、長い病院生活の中にて、娘だけでなく他のお子さんをみてきた中、感じてきたことです。




とにかくこの”2人目”のこの先生…「なんて子供の気持ちをキャッチするのが上手いんだろう」…と、夢中で読んでしまいました。








***

そして、なんといっても、最後に1番心に残ったのは、この先生の「学校と医療的ケア」に対する考えの部分。



「医療的ケアは、子供と信頼関係を築くチャンス。だからこそ教師がしなければならない。」…という言葉が強く印象にのこりました。



私にとって、”大きな負担””育児を限りなく不利にするもの”…という認識の医療ケア…。


けれども、この先生は発想の転換というか、例えば呼吸管理するために必要な吸引について、「(吸引をして)不快感を取り除けば、大人に対して信頼感がうまれる。」「他人に協力を得て実現していく力が育てられる」…というように仰っています。




この本が出版されたのは97年。


先程もでてきた呼吸器のお子さんのお母さんは、学校でただ1人、ずっと息子さんに全付き添いされている状態でした。




先生は、「お母さんの24時間介護の負担が大きすぎる。」「お母さんはずっと先生に気を遣っている。」と保護者にとっての医療ケアの問題点をあげつつ、「苦しいことから解放してくれるのはいつもお母さん。」「苦しいときにそばにいる教師から吸引してもらえないと、信頼関係を築けないどころか、(教師に)不信感をうむ。」とも述べられていました。





まだまだ情報を集められていない身の私なのですが、医療的ケア児の就学をめぐっては、今も厳しい現実があるように思います。




そしてこれは私個人が日頃感じていることですが…



●医療ケアは娘の成長とともに第三者に委託する機会を増やせると嬉しい。

●子供のケアが親しか知らないブラックボックスと化すのが怖い。
(もし親に何かあったらというのもあるし、あと親の都合すべてで子供の出席などが左右されてしまうのも悲しい。)

●そして、余りにもケアが持続的すぎるので心身ともに負担が大きい。どこかに親側にもケアから離れる時間があってほしい。そしてその休息を生かしてより豊かな気持ちで子育てや療育にのぞませてもらえると嬉しい。




そんなような思いがあります。





この本の先生の子供側の療育目線にたった、

●親から離れ、子供自身がのびのびとできる時間があること
●自立心を育むこと
●教師やまわりの人と信頼関係を築くこと


…という医療ケアについての視点には、どんな障害児も1人の個人としてとらえ尊重するという心根を感じ、今回読んでいて深く胸に刺さった部分です。





医療ケアをめぐる就学の事情も、少しずつ変わってきているとも伺っています。

(私の住んでる地域では、呼吸器のお子さんは今も親が全付き添いらしいという噂もきいていますが…)


でも、こういう先生や、たくさんのお母さんたちが声をあげてきてくれたおかげで状況が少しずつ改善されてきたんだろうな、と思い、感謝とその重みを感じる一冊でもありました。









いわゆる自分たちがしてきた”お勉強”をするわけではないだろうという我が子が、学校で一体何を学ぶのか…ということは、障害児の母となってからずっと疑問に(あるいは不安に)思ってきたことの1つです。


そして、なんとなく、今は、”娘が就学まで無事に成長すること””そこで学校側にバトンを渡せるようにすること”…が1番の目標みたいになってしまっている自分がいます…。


イメージのつかないことは本当にたくさん…。


でも、今回タイトルに興味をひかれて、たまたま図書館で借りてきたこの本ですが、重度の障害を持つ子の授業というテーマでも、障害の向き合い方というテーマでも色々と参考になるものがあったように思います。


きっとこれから先々には本からだけでなく、現場をみたりするチャンスもあるはず……母もゆっくり考えていけたら、と思いました。



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2018-01-03(Wed)

2017年(昨年)を振り返り☆

あっという間に2018年ですね。


“今年の振り返り”的な記事を書きたいと思いつつ、もうとっくに年が明けてしまったのですが……昨年(2017年)を、簡単に振り返りたいと思います☆




~2017年(あおい:2歳5か月~3歳5か月)振り返り~

1月

下旬に胃ろうオペを受けました。


胃ろうオペ1月0103 - コピー


娘にとっては、分離オペに続いて2回目の手術になりましたが、無事に乗り切ってくれました。




2月~3月

オペ後はしばらく運動機能も落ちたようでした。季節柄もあって家に引きこもって過ごしていました。


ひなまつり3月0103 - コピー


病院生活が長かったので、なにげに節句をお家で祝えたのは初めて。





4月~5月


週1回のペースですが、母子分離の児童発達デイに通うようになりました。

母の私にとっても貴重な時間です。

シーツブランコ4月0103 - コピー

↑初体験したシーツブランコは怖かったみたい…


デイへ通ったり、療育施設に通ったり……電車やバスに乗って外出する機会も増えていきました。





6月~7月

眼科にもかかって、メガネデビュー。

そして3歳になりました。

誕生日祝い7月0103- コピー


胃の調子のアップダウンがありつつも、市の子供達が集まる広場に出かけたり、お出かけもたくさん体験しました。





8月~9月

検査入院したり、RSにかかったりと、慌ただしかったのですが、絵カードの練習を本格的にスタート。

絵カード開始8月0103 - コピー

娘とのコミュニケーションの幅が広がったように思います☆





10月~11月

家族ではじめて一泊の外出も体験☆

11月お出かけ0103 - コピー


これはハロウィンに撮った写真…

ハロウィン10月0103 - コピー


そういえば七五三の写真も撮ろう、お祝いしようと思っていたけれど、バタバタしてキャンセルしてしまいました。もうシーズン外れてもいいから、今年の調子よさそうなときに再チャレンジできないかな~と思っています。





12月

ものすごい量の空気を飲み込む現象に遭遇してますが、本人は元気なもよう…。


秋に出来上がった座位保持イスとバギーを重宝しつつ、扱いにも慣れてきました。

12月クリスマス0103 - コピー

クリスマス会に参加したり、訪問の先生がサンタさんのコスプレをしてくれたり…

楽しい季節になりました☆







ここでトツゼン…!


昨年の反省トップ3!!(日々反省だらけですが、むしろ今年の課題…かな…)



第1位:ショートステイ体験せず

在宅生活を支えてくださっている方々から、「何かあったときのために定期的な預け先を確保すること」と何度もアドバイスいただいているのに、まだ一度も利用できていません。

EDチューブがあると拘束されるらしくそれに抵抗もあって、ホント子離れできない母というか…


私が体調を崩したとき……私の両親が体調を崩したとき……なにかあったときに対応できるよう態勢整えなきゃね…と思いつつ、お試しすらできてないのは反省ですね…。




第2位:母、車運転せず

車は天候にも左右されにくい有利な移動手段だと思いながら、結局公共の交通機関を使っていて、ペーパードライバーから抜けておりません…。

実はパパが後ろに付いてくれた状態で、昨年も何度か練習で運転もしたのですが、「マッドマックス 怒りのデスロード」ばりのドキドキハラハラ状態だったようで…。

障害のあるお子さん連れて車運転しているお母さんは、私の中ではホント神様…。

今年は練習できるかな…。




第3位:メガネ大破

これはつい先日起こったアクシデントで記憶に新しいので…

バギーに乗せてデイに行く道すがら、ふと娘の顔をみるとメガネがない。

〇〇駅まではあったよね、と、来た道を戻ると、自転車に轢かれたのか、片側が粉々に。

メガネ破損0103- コピー


でも、こんな状態でも、補償で(無料で)直してもらえました。

バギーに乗ってるときも景色をみれるといいかなあ、と思って、メガネ掛けさせたりしてましたが、移動中は考え物だな~やめといた方がいいかも~と反省です。






最後に…

昨年嬉しかったことトップ3!!


第1位:外出する機会が増えた

在宅1年目は家にこもりがちでしたが、2年目の昨年は、少しずつ、家から出る機会を増やせました。

最初は人目気にしりまくり、かわいそうと言われては苛立つの繰り返しでしたが、慣れてきて、ドシっと構えれるようになってきた気がしています。

秋には長らく会えてなかったお友達にも会えたりできて嬉しかったです☆

今年もおでかけたくさんできるといいなあ。



第2位:吸引が減ったかも…


以前は四六時中とにかく吸引していて、夕方になるといつも500ml入る吸引機のポットがいっぱいに……そのときには母の心もいっぱいになって、ついついネガティブなことを考えてしまったり…の毎日でした…。


でも胃ろうオペ後、経過が落ち着くとともに、吸引が少しずつ減ってきたように感じています。(前は1日200回くらい?だったのが今は50回くらい?それでも多いか~)

もう少し減らないかな~なんてついつい思ってしまいます。



第3位:娘と意思疎通できるチャンスが増えた

ちょっとずつですが、“娘と通じ合えたかも~”ということが増えてきたように思っています。

手遊びとか真似ごっこも繰り返しつつ……そして絵カードをはじめてから意思表示のサインが格段と増えたように思っています。


絵カード探し0103 - コピー

↑絵柄(図)とか言葉は認識していないみたいだけど、実物の写真を入れたファイルには、自分から手をのばしてめくって選んだりするようになりました。


成長少しずつ見守りたいと思います…!








なんだかあっという間の1年でしたが、家族や訪問でお世話になっている方々に支えられて、毎日過ごすことができています。


ブログは昨年の3月にはじめて……これまでネットは見させていただくばかりで、SNSもしておらず…自分にはちょっとした冒険でした。

途中子育てにあまり関係ないようなプライベートな内容を投下したり、書きためてたものを放出したあとは更新ペースがいたくまばらになったり…そんなこんなでしたが、それでも見に来てくださっている方がいるようで、本当に感謝です。


障害のある子の子育てって、一人ひとり大変さが違うし、考えも人それぞれ…。


私は視野が狭い人間なので、いつも自分のことオンリーな感じですが、ブログのおかげで頑張ろうと思えたこと、気持ちや考えが整理できたこともたくさんあるので、今年もできればゆっくりマイペースに続けていけたらと思っています☆



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Author:マカロニ
原因不明の脳性麻痺の娘・あおいについて綴るブログです。喉頭気管分離オペ・胃ろうオペを受けています。

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