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2018-11-17(Sat)

明治時代の知的障害児施設/"お産の歴史"

気付いたらもうすぐ冬が来ようとしていますが、気分転換も兼ねてこの秋に読んだ2冊の本の感想を少し書いてみたいと思います。




1冊目:「筆子とその愛」……明治時代の知的障害児施設

以前明治時代の偉人を集めたサイトを読んでいたとき、「日本ではじめて知的障害者福祉に取り組んだ人物の1人」として石井筆子という女性の存在を知り、興味を持って読んでみた本です。



筆子とその愛 - コピー

「筆子とその愛」山田火砂子・車取ウキヨ著・ジャパン・アート出版 1861年長崎県に生まれた、石井筆子という女性の生涯を描いた”小説”です。





小説で描かれた歴史上の人物の話ってどこまでホントか分からんよね~という気持ちもありながら読み始めましたが、そんな思いを忘れて没頭してしまう、かなり重みのある作品でした。



筆子は裕福な家に生まれた才色兼備の女性でしたが、出産した3人の子供全員に病気・障害があるという、予想だにしない苦難の人生が待っていました。




長女を出産したあと…2歳の時に医師から我が子が障害児であるという告知を受けます。


「世の中には何千何万の子を持つ母がいるのに、どうして私だけが…。」

「子供を殺して自分も死のうと思った。」





思いを重ねて読んでしまうところもありましたが、今と違って何の情報もなく、偏見が溢れていた時代、どれほどの苦しさだったことか…想像を絶するものがありました。







3人の子供を出産後、さらに夫の死という辛い出来事にであう筆子……けれど孤児や知的障害児の教育機関設立に奮闘する石井亮一という男性との出会いにより、人生がまた一変します。



亮一と惹かれ合い再婚した筆子は、学園の経営のため、知的障害児の療育のために奔走することに…。








明治時代といえば、日本が欧米諸国に追い付こうと必死だった時代というイメージがありますが、亮一と筆子が設立した滝乃川学園は、渋沢栄一や勝海舟、津田梅子など時代を代表する人たちが支援し、皇室も存続に力を貸したことでも知られているそうです。




「障害のある人がどのような暮らしをしているかをみれば、その国の本当の文明度がわかる」……なんて言ったりもするみたいですが、国主体で障害児の救済・教育を推し進める段階になかった時代においても、援助をする人たちがいたというのはどこか救いのように思われました。






また亮一と筆子が2人ともクリスチャンであるということ、2人が施設運営のための参考に渡米し欧米の研究を継承している点なども、歴史の一端として興味深く感じました。



信仰心などが全くない私ですが、こういった社会的弱者への援助の精神は、キリスト教が文化の背景にある国からもたらされてきた部分が大きかったりするのかなあと思ったりもして…。




ただ思春期から自らの意思でカトリックの薫陶を受けてきた筆子に対し、夫の亮一の信仰のスタートにはどこか壮絶なものを感じてしまいました。



罪悪感を背負うようにして子供達を助けようと奮闘し続けた亮一…筆子が伴侶となったことは彼にとっても大きな救いだったのではないかと思います。




読んでいて胸にズシンと来るばかりで、感動とか美しい愛だとか、そんな言葉ではとても片付けられないような思いが沸々と湧いてくる作品でした。




***







2冊目:「お産の歴史」……産婦人科医がまとめる、縄文から現代までの出産の歴史

こちらの本は小説ではなく、産婦人科医の先生が執筆された新書で、”歴史考証“に終始しているとてもシブい1冊でした。




お産の歴史 - コピー

「お産の歴史」杉立義一著・集英社新書



当時の書物や絵巻、あるいは伝承など色々な史料から、“日本人の出産の歴史”を振り返る内容になっているのですが、シブいながらも意外に読みやすい内容でした。





1番大きく取り上げられているのは江戸時代……特に賀川玄悦という人の功績について深く語られています。



回生術という独自の方法で母体救出を行っていたこと…分娩時の姿勢について新たな見解を打ち出したこと…当時オランダとさほど変わらない時期に”胎児の正常胎位の考え方””を独自に発見していたということ……などなど奇人といわれながらも後世にまで大きな影響をのこした人物伝に、「すごい人がいたのね〜」と驚きながら読みすすめました。





他にも、日本で初めて(1852年)帝王切開を成功させたといわれる医師のお話なども印象的です。




ただどのくだりを読んでも、産難に遭ったとき、昔は「母子両方の命を救う。」のは非常に困難なことで、「母のみの命を救う。」ことがまず大きな目的・目標であったことが窺い知れて、出産の怖さというか厳しさというか、そういったものもまざまざと感じてしまいました。






また「昔の人の出産はさぞかし大変だったに違いない。」「昔の女性は1人で出産に臨んでいたのかな。」というイメージを勝手に持っていたのですが……「1人で産んでいたのかな。」というイメージについては、この本の読後、かなり違った印象を個人的に受けました。




祈祷師やお付きの女性など大勢の人に取り囲まれた貴族の女性の出産……産室が人目の多い大通りにあり来訪者が多かったという庶民の出産……1950年代までは自宅分娩が主流で懇意の隣人が集まってお産の世話をし合っていたという状況……などなど、今の現代の方が「お産は家族の中で母1人でのぞむもの」「あとは病院にみてもらう」という意識が強く、ある意味孤立したところがあるのかも!?なーんて思ってしまったりして…。







「いくら科学が進歩したとはいえ、あらゆる不足の事態が予想され、母子健全の完璧を期することは、並大抵のことではない。」…という言葉は障害のある子の母としても何だか胸に突き刺さってくる言葉…。







学校でも、妊娠や出産について保健の授業やなんかで習ったりした記憶はあるけれど、当時私が受けてきた内容はどちらかといえば「望まない妊娠を避けよう」という趣旨が強かったんじゃないかな、と振り返って思います。




出産に対する具体的なイメージなんて学生の頃には全然ピンと来ないもんだよなあ。




「望んでも子供を授かれるとは限らない。」「コレという悪習慣がなくとも、障害を持った子供が生まれる可能性は当然ながらにある。」




自分が少数派の側にまわったから思うことなのかもしれませんが、もっと若い時分にこういう認識があってもよかったのかなあ、なんて思ったりもして……。あってもなかなか当事者にならないとわからないことだらけですけどね~。





読む前は、ちょっと暗い本かもしれないと思っていたのですが、意外な興味が深まる本で、少しでも多くの母子を救おうとする産科の先生たちの奮闘の歴史に、どこか胸の熱くなる1冊でした。




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2018-11-10(Sat)

4年越しに産院と話をして…

先日娘を産んでから初めて、出産した産院を訪れてお話をさせてもらう機会がありました。



産科医療補償制度の申請にあたっては「出産した産院に連絡をとる」というのがファーストステップだったのですが、事務担当の人と遣り取りをしただけで、先生にお会いする機会は皆無だったのです。



今回私の方から先方にお電話し、「改めて先生と少しお話させてもらえないか。」とお願いしたところ、アポをとりつけることができました。

(夫と話し合って、「夫に娘をみてもらって、その間に私が1人で話をききにいく。」ということになりました。)





***


面談には、産院の医師の先生と、助産師長さんと思われる方(以下:師長さん)の2人が来てくださいました。



忙しい中時間をとって下さったことに感謝をお伝えし、娘のこれまでの生育歴や現在の状況について……生まれたときにここで何も説明が受けることができなかったということ……今日は原因分析の内容も含めてお聞きしたいことがある……等々私から話をさせてもらいました。




産院の先生はやはり普段とてもお忙しいらしく、この日わざわざ休診日に時間をとってくれていたのですが、それでも急に診なければならない患者さんがこの日も出たようで、開始早々席を外してしまうことに…。



※以下は師長さんとのお話に基づくものになります。



この産院の先生は本当に無口な先生で、助産師さんがかなりお産を取り仕切られている印象を受けたので、先生ほぼ不在という状況ではあったのですが、話した内容諸々は一応満足できるものでした。









【脳幹部分にのみ障害がある脳性まひ!?について】

まず娘の病状をお話しさせてもらいつつ、脳幹のみに障害があるらしいという脳性まひについて少し伺ってみたのですが、


「脳幹のみに障害があるというのは特徴的で、お産のときではなく、その前、妊娠中の脳の形成の過程で何かあったのではないかと思う。」

「生まれるとき、低酸素で脳の外側が圧迫されることはあるが、それが脳幹・脳のコアまで到達することは滅多に考えられない。」




…というのが、こちらの師長さんが経験則から語った意見で、これが正しいのかは分からないのですが、何となく娘の以前の主治医の先生と似た考えのように思われました。




また師長さんから、「(私の娘の)アプガースコア6点という数値も、身体が硬直していて、動きがない・活気がないことからくる採点で、出産前の心拍の記録をみても分娩時に赤ちゃんが苦しかったとは思わない。」というお話もあり、この辺りもはじめて耳にする情報でした。









【“生まれる前から障害に気付かないものなんでしょうか??”】

これは、私の方から口に出したわけではなかったのですが、何かの話の流れで、師長さんのほうから口にされた話題……。



「障害のある子が生まれると、なぜ気付かなかったのですか??と親御さんから問われることが物凄く多い。」と。


「でも技術の進んだエコーでも分からないことは本当に多い。臓器の疾患、手足があるかどうかなども、赤ちゃんの位置次第では発見できないものなんです。」と。





でもねえ…「親ならなんで気付かなかったんだ、ってどうしても思うよなあ。」とここは思ってしまいました…。(自分もそうだったし…)



障害のある子が嫌だとかそういう問題ではなくて、〝分かっていれば事前にハイケアが受けられる施設にいられたかもしれない〟〝よりスムーズに治療できて二次的な障害を防げる可能性も高まる〟…と後になってから色々思いが湧いてきたりもして…




子供のためによりよいベストな状況があれば後からとつい願ってしまうのも、親の思いじゃないのかな……と個人的な自分の思いを重ねてですが、感じてしまいました。










【自分が後悔していたことについて】

そして、4年も経ってなんてシツコイ、なんてウットオシイ人なんだ…!と思われるのは承知で、出産後自分が抱いてきた思いを少し吐露させてもらいました。




「娘がNICUに搬送されるとき、私は一緒に運ばれず、産後の経過をみるため5日間、1人だけこの産院に残る形になった。あとになって、私も娘と同じ病院に一緒に搬送(あるいは移動)できるようになぜ頼まなかったのか……そこで早く母乳を届けたり、もっと出来ることがあったのではないかと後悔している。」


「ここにいた5日間の間、母乳を運びたいから搾乳の指導をしてほしいと何回も頼んでも誰も相手にしてくれなかった。先生も助産師さんも誰も娘のことを説明してくれなかった。」


「今振り返ると、なぜもっと大きな声を出して、子供のことを聞いたり、自分の希望を言わなかったのだろうと思う。」







師長さんは黙って聞いてくれつつも、「赤ちゃんと一緒の病院にいたかった」という点について以下のように話してくれました。


「もし希望を口に出したとしても、私たちにそれを叶えられたかどうかは分からない。」

「転院させようと思っても、この地域の入院施設はものすごく混んでいて、病院ベッドが確保できるとも限らない。」

「どの道ここ(産院)に残ってもらうという可能性も充分にあり得た。」







結局切迫早産のときに、より大きい病院に罹れなかったのも、産後母体を転院できなかったのも、地域の医療の受け皿が小さいという事情に左右されてしまうところもあるのかな~と話をきいていて、少し疑問に思ってしまうところもありました。








【”分娩監視装置はずっと付けているものですか??”】


今回の産科医療補償制度の分析の中にて、「子宮収縮薬投与後、分娩監視装置を時々外しているのは基準から逸脱しているので、産院に提言します。」…みたいなくだりが記載されていました。


※11/14追加 上記の文ですが、”陣痛促進剤を使った場合”というのが抜けていました。


娘の出産前後、産院がとても混んでいたのか、助産師さんがすごく忙しそうで自分の所にはほとんど来ないという所感が残っていた私……(そしてどこもこんなモノなのかなあ、と。)




途中、「いきみ逃がしをしたいので歩いたりしたい。邪魔なので監視装置を外していいですか。」ときいて了解をとったことは覚えているのですが、アレよくなかったの…?と疑問に思ってしまってこれについても訊いてしまいました。



こちらについては、

「分娩室に入ってからはずっと付けておかなければならないが、陣痛室での付け外しはよくある。●●さんの監視装置は分娩室に入ってからはずっと付けていたので問題ありません。」というのが回答でした。


(およそ30分しか分娩室にいなかった気もするが…)





またさらにぶっちゃけて、「私が陣痛室にいる間、全然見てくれてなかった気がしてるんですが、助産師さんって割と傍についていないもんなんでしょうか。」と訊いてみたところ、これについては、「“何で私の方を全然みてくれないの!”とそういう苦情を受けることはしょっ中ですよ。」と。





「お産が順調な人にはずっと付いていないんです。」

「でも分娩監視装置が常に赤ちゃんの心音を転送していて、お産が難しくなっている人のところにいち早くかかれるようになっているんです。」
…とのこと。




そーすると、入院してからほぼ陣痛室にいて、分娩監視装置を(許可とった上だけど)外しまくってた私って大丈夫だったのか…という話に戻ってくるんですが、「生まれる30分前に記録された心音に異常がないなら、その前も異常がないだろう。」というのがこの師長さんの意見らしい。




この辺りどう捉えるか素人にはよく分からない…ビミョーな気もする……けどだから原因分析の中でも「基準から逸脱」とあったのかな…とボンヤリ思いながら聞き流してしまいました。



この分娩監視装置のことなど、前々から(というか4年も前から)お産の途中に疑問に思ったことなどを数点きかせてもらい、気持ち的にスッキリした部分もありました。











【産科医療補償制度は、“分娩時に低酸素になった可能性が疑わしい”…という人だけが対象になるのか??】


さらに、前回記事の最後らへんに書いた私の疑問を、この師長さんにもお尋ねしてしまいました。



「今回私が産科医療補償制度の補償対象内になったのは、結局のところ、分娩時に低酸素になった可能性がゼロではないから……ということなのでしょうか。」という聞き方を敢えてしてみたところ……


「分娩時に低酸素が起こっていなくても、補償の対象になる場合もある。」というのが師長さんの答えでした。






(※前回記事(コチラ)と内容が重複しますが)

産科医療補償制度が公式で出している文章に“先天性や新生児期の要因によらない脳性麻痺であることに該当する場合に、「分娩に関連した」と判断することにしている。”…。とありますが、娘の場合が多分まさにコレ…。




分娩のときに低酸素になっていない…そしてその他色々探って引っかかって来るものが取りあえずなかったという原因不明の脳性まひ……ウチの場合画像異常もないという状況もあいまって謎な気もするんですが、「原因不明だからこそ補償対象になったと考えて下さい。」という言葉をいただきました。






そして師長さんは、「脳性麻痺の内、30%はお産のときが原因。のこりの70%は感染症など、もう生まれる前から原因があったと考えています。」…ともお話になりました。




以前読んだ本(「脳性まひ児の早期治療」/過去記事に書いた本)の中で、「脳性麻痺の多くは(低体重出産・周産期の胎盤や臍帯のトラブルも)生まれる前に要因がある。」…というような説!?を目にしたことがありましたが、この産院の師長さんは極めてこの考えに近いな~とお話していて個人的にですが感じました。




何が正しいのかこの辺りサッパリ分からないけれど、原因不明のものについても、いつか少しずつ分かることがでてきて、脳性まひ発症の防止に繋がらないのかな〜なんて、やはり思ってしまいますね……。










【産科医療補償制度で救済されるのは…】


色々お話させてもらったけれど、今回1番印象に残ったかもしれない師長さんの言葉……。


「産科医療補償制度が出来てから、私たち産科に携わる人間は物凄く助かっている。」

「この制度が出来る前は、本当に沢山の先生が責められて、産院を畳んだり、別の診療科に移ったり、そんなことがたくさんあった。」

「産科医療補償制度は、産科の先生と母子の両方を救済しようという制度です。」






これを伺ってこの制度はやっぱり「国の少ない産科の先生を守る」というのが1番の本当の目的で、その目的はとても大事だし、制度はその目的を上手く達成できているのかな、と思いました。





師長さんとのお話の途中、「こういう場(=産科医療補償制度の対象家族と話しをする機会)はよくあったりしますか?」と何とはなしに思い切って訊いてみたのですが、少し驚かれた様子で、「いいえ、滅多にないんです。実は制度の対象者は●●さん(私の名前)で2人目なんですよ。」とお答えくださいました。






資料で確認した情報ですが、こちらの産院は、私が娘を産んだ前年度の分娩件数が約760件となっていました。



補償制度がはじまってから10年間の分娩件数を、雑だけど単純に掛ける10して約7600件あったとして、その内の2件……確かにごくごく少数の数字のように思ってしまいます。




そして同時に単に障害のある子供の出産がマイノリティというだけではなく、対象となれる家族がさらに少ない、少なすぎるという印象も持ってしまいました。









***

これまで産院について「もし何事もなく子供を産んでいたら、過程なんて何も気にならなくて、良かった思い出だけが残っているんだろうなあ。」とよく思っていました。



いざ訪問する前の日になってやっぱり行きたくないかもと思ったり、産院に着くと涙が出てきたリもしたけれど、出産後にずっと言えなかったこと・聞けなかったことを今回ぶつけることができて、心が軽くなったようにも感じています。



娘はこれからも定期的にMRIも撮るし、(大きくなってから損傷が見えてくることもあると聞いているので)あとになって更に分かってくることも、もしかするとあるのかもしれませんが、そのときはそのときでまた何か書けるといいなと思っています。



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2018-11-10(Sat)

~娘の脳性まひについて寄せた疑問色々~

産科医療補償制度の認可が下りた後、機構との遣り取りの中で、「分娩機関との情報に相違がないか」……と、保護者側が意見を用紙に記入する機会がありました。




機構とはほぼ書面(+少し電話)での遣り取りでしたが、この書面での遣り取りの中で、「今回のお産について疑問があれば書いてください。」……というようなコーナーも設けられており、こちらにも色々と記入させてもらいました。




書いたのは1年半くらい前で、今改めて見ても“悪かった探し”にどこまでもシツコイ自分がいるなあ……なーんて思ったりもしますが、それでも“何か訊ける場がある”というのは、貴重な機会だったように感じています。







※以下……寄せた質問(太字)・機構からの回答(茶色字)・自分の補足説明(緑字)になります。

※質問12個のうち11個を載せていて、1個だけ個人的な考えで削除したものがあります。









①脳画像に異常はないが、産科医療補償制度の対象になった…というケースもこれまでに存在していますか。

→原因分析委員会で、脳性麻痺発症の原因を明らかにできなかった事例は3割にのぼり、その中には脳の画像に明らかな異常を認めていない事例もあります。






②“脳画像に異常がないが脳幹に障害があると思われる脳性麻痺”というケースはこれまでにありますか。あるとしたら、年間・あるいは過去数十年でどれくらい存在しているのでしょうか。

→脳幹の損傷は画像によって診断されることが多いと考えます。画像に異常がないが脳幹に損傷があるケースの数については、検討された医学的なデータがないためお答えは致しかねます。







③”先天性の脳性麻痺”と”後天性の脳性麻痺”にはどのような違いがあり、どのように分けられているのでしょうか。

→”後天性の脳性麻痺”といった言い方はされず、それぞれの原因により判断されます。一方、おっしゃるように胎生期に原因があるもの、遺伝子異常や脳の形態異常が原因であれば先天性と呼べますが、明らかな定義があるわけではありません。







④今回の妊娠時の顕微授精にて移植後、8日後のhcgの値が8.9と極めて低く、子宮外妊娠か、初期流産の可能性が極めて高いとのことでした。その後、15日後の値が368.6と跳ね上がり、妊娠継続となりました。初期の段階でhcgの値が一桁台だったことが脳性麻痺発症の原因になにか関連があるのでしょうか。

→現地点では、妊娠初期のhcgの値と脳性麻痺発症の原因に明らかな関連を示す医学的データはありません。

※補足:hcgとは妊娠中に産出されるホルモンのことで、この測定が妊娠・流産・子宮外妊娠の早期発見につながるとも言われているそうです。








⑤妊娠中期から後期のなにか(ウイルス感染など)が問題だったのでしょうか。

→原因分析報告書に記載されているように、明らかな胎内感染を示す所見はありませんが、未知のウイルス感染の有無などについては確認する手段がなく、分かりません。







⑥妊娠31週に低置胎盤と説明がありました。妊娠31週以前は全くいわれなかったのですが、突然胎盤の位置が下がってくるようなことはあるのでしょうか。それとも出産間近まで判断できないため、特にご指摘がなかったけれど、妊娠31週以前にも低置胎盤だったのでしょうか。

→妊娠経過中に胎盤の位置が下がることはないと考えます。「産婦人科ガイドラインー産科編2011」では妊娠31週末までに前置胎盤の診断を行うことが推奨されているため、低置胎盤を判断したのが妊娠31週であったとしても問題はありません。なお骨盤MRIで診断されているとおり、最終的には低置胎盤(内子宮口から2㎝以内)ではないことが明らかです。

※補足:結局私の場合、胎盤の位置は“子宮口から2.8㎝で、これは低置胎盤に当たらない…ということのようです。









⑦胎盤が下がることと低酸素虚血脳症には何か関係がありますか。

→前置・低置胎盤があれば、分娩前の大量出血による胎児低酸素が影響する可能性がありますが、本症例は低置胎盤ではなく、また、お子様は低酸素虚血脳症ではないと考えます。








⑧子宮頸管が短くなった際に、産婦人科の先生に何度か「総合病院に入院しなくてよいのか」と伺ったのですが、特にご指示を得られませんでした。私のような子宮頚管の長さだった場合、また経過観察していたノンストレステストでかなり異常と思えるような回数のお腹の張りがあった場合、一般的に入院しなくてよいものなのでしょうか。

→切迫早産の状態で入院管理を行うかどうか、また高次施設に搬送するかどうかは、切迫早産の症状の程度に加えて、地域の状況や妊産婦・家族の希望などを考慮して判断されます。どのような管理が正解とまでは言えないのが現状ですが、原因分析委員会は妊娠中の管理は一般的と考えます。

※補足:私の28週以降の子宮頸管は最短2ミリでした。









⑨37週5日15時の大量出血について、分娩前にこのような出血があることは異常ではないのでしょうか。羊水が汚れて危険ということはないのでしょうか。

→37週5日15時に出血が多くみられ、その後も少しずつ続いていたようですが、破水していたことから羊水混じりの出血量だった可能性もあり、また大幅な出血量の増加はみられておらず、分娩進行中の生理的なものと考えます。また膣内への出血は一般的に羊水以内には入りませんので、出血で羊水が汚れて危険ということはありません。







⑩この妊娠37週5日15時の出血は、低い位置にある胎盤が壊れているということなのか、どこから出た出血なのでしょうか。

→胎盤からの出血であった可能性もありますが、出血部位を特定することは困難です。一般的には子宮の入り口(子宮口)が開いてくるときにみられる出血(産徴)だと考えられます。







⑪生まれてから半年くらいまで頭部に内出血したようなアザのようなものが、あちらこちらにあったように思います。新生児の頭にはありがちなものなのでしょうか。(※画像紛失)

→実際にお子様を診察していないのでお答えいたしかねますが、NICUのスタッフが観察しているのが一般的ですので、問題のあるものであれば何らかの説明がなされていたと考えます。








***

「やっぱり分からないことも多いし、推測で回答なんて出来ないから、こういう答えになるよね~。」とも思いましたが、これだけ好き放題に記入した質問に1つ1つ丁寧に回答くださったこと…本当に有難く思いました。




また上記質問を提出したあとに、もう1つ疑問に思ったことがありまして……



①産科医療補償制度は“分娩時に低酸素になった可能性があるかもしれない”…という人だけが補償の対象になる

②①の考えは誤りで、分娩時に低酸素になった可能性がまったくなく、それ以前(妊娠成立~妊娠中)の出来事が原因だと考えられても、補償の対象になる。




このどちらの認識が正しいのか??ということでした。





これまで、複数の医師の先生に、「娘が産科医療補償制度の申請対象になったのは“分娩時に低酸素になったエピソード”があるかないかがグレーだからだと思う。」……という意見をいただいたこともあり、自分の中でも混乱していたのです…。





改めて産科医療補償制度のHPをみると、“分娩中に低酸素状況があったと確認がとれれば補償対象”…そして続く文にて、“またこれに加えて先天性や新生児期の要因によらない脳性麻痺であることに該当する場合に、「分娩に関連した」と判断することにしています。”…とあります。




娘は前者ではなく後者の方なのだと、今回原因分析を読み込んで改めて思いました。(=分娩時の低酸素エピソードがなくても補償対象になる。…のだと思っている。)




何か物分かり悪い人がつらつら書いてて全然まとまってないのですが……同様の疑問を産院の側にも伺ってみた、「4年越しに産院と話をしてみて…」という次の記事(コチラ)に続きます。



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2018-11-10(Sat)

産科医療補償制度の原因分析が返ってきて…

今年の6月頃(娘:約4歳)、産科医療補償制度の原因分析報告書が送られてきました。


22pの報告書の中には、妊娠~産褥期の経過が詳しく記載されていたのですが、結局、

「妊娠経過、分娩経過・新生児経過に脳性麻痺発症に関与する事象は認められず、脳性麻痺発症の原因は不明である。」

…という1文が載せられていました。



(制度が開始されてから約9年間の事例のうち、36.3%が原因不明だといわれているそうなので、原因が分からないことは珍しいことではないようなのですが…)







娘を産んでから暫く、私の中で、“悪かった探し”がやめられなかった時期がありました。



ネットで情報を探ったりしながら、妊娠中の自分の行動1つ1つ、あるいはお産のときの出来事1つ1つを思い出し、「あれが悪かったのかもしれない。」「これが悪かったのかもしれない。」と過ぎたことを振り返っていました。



分からないことばっかりだし自分を責めても仕方ない、誰も悪くない…と思えるようになるまで、時間がかかったように思います。




ただ今になっても、ふと娘の病状について疑問に思うことはあったりして……それが“悪かった探し”とどう違うのかは上手くいえないけれど、個人的な興味というか、単純に疑問に思う気持ちはずっと持ってきました。





当初娘について、症例としてどちらかといえば“あまりみない”“珍しい”といわれたことも、なかなかこうした思いを捨てきれなかった理由かもしれません。




以下、娘の脳性まひの特徴について改めて簡単に記載。


●37週6日に普通分娩にて出産 (28週~切迫早産と気付く)

●出生直後から全身が硬直、陥没呼吸、嚥下状態が悪い。即NICU搬送。

●明らかに重度の障害があるが、頭部MRI画像に異常がないといわれる。

●当初脳性まひとの診断つかず、進行性筋疾患、遺伝に関連した病気を疑われる。

●画像に異常がでていないが、脳幹に損傷があるだろう“脳幹型脳性まひ”と生後約6か月で診断を受ける

●損傷が見当たらない=障害が軽い ということではなく、神経のコアである脳幹に障害があるだろうため、あらゆる症状が考えられ、知的障害も重度だろうといわれる。

●1歳6か月時の頭部MRIにて脳梁が月齢より小さい、脳梁の軽度萎縮/低形成の可能性アリと診断があったらしい。度々頭囲が小さいとの指摘はよく受けている。

●その他…「嚥下・顔の筋肉の動き」の障害が特に重く出ることが、“脳幹型脳性まひ”の特徴とだといわれる。









脳性まひは本当に人それぞれ症状が違っていて、正確な情報を得るのは難しいことなのかもしれない……そんな風にも感じていますが、今回産科医療補償制度を利用できたことで集められたと思っている情報もあるので、少しまとめてみたいと思います。




→次記事
「娘の脳性まひについて寄せた疑問あれこれ」(コチラ)に続きます。



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2018-11-02(Fri)

遺伝科を再受診…遺伝子検査を見送りました

※以前に書いた記事(コチラ)の続き的な内容です。



今年の春から、「娘には脳性まひ以外にも先天性の疾患が何かあるかもしれない。」…という可能性を探るべく、遺伝科を受診してきました。


私の娘(4歳3か月)は、「脳画像にこれという損傷が見当たらないが、脳幹に障害があって重度の脳性まひ」という診断になっており、障害の因果関係などはよく分かっていません。



これについても改めて何か分かることがあればと、春に“サブテロメアFISH”という、“染色体の上下部分をみる検査”を取りあえず受けることになったのですが、特にここでは異常が発見されず…という結果になりました。


サブテロメアFISH1102 - コピー

↑FISH検査は娘の血液のみが検体となり、結果は2カ月後に分かる…という検査でした。





この次に行う検査としては、“約23000個ほどある遺伝子のうち、5000個を網羅的に見ていく検査”があるそうで、これを受けるか(あるいは受けられるかどうか)…再び受診とすることになり、今度は夫も一緒に話をきいてきました。








【検査は無料で受けられますか?】

この遺伝子検査は、病院側の研究目的などとニーズがあえば無料で受けられるらしいのですが、そうでないと自費になり10万程かかるそうです。(さらに父母の検体も調べよう…となると更に10万、10万とかかってトータル30万くらいになるとも…)



先生が前回の診察から、「無料で受けられるかどうか病院側とも検討する。」というお話になっていたのですが、結局「無料にはならない。」という判断になったと今回伺いました。




判断の経緯として、遺伝科の先生と娘を診て下さっている神経科の先生とでお話をしてくださったそうなのですが、神経科の先生の考えとしては……


・娘の診断は脳幹型脳性まひでまず間違いないと思う
・遺伝子検査をして引っかかってくるものもあるかもしれないが、娘の診断と関連付けて新しく大きくなにか分かるというようなことはないと思われる

…ということだったようです。


(別日で神経科の受診があったときに私にも説明してくれ、改めて娘の色んな症状が脳性まひから来ているものだろうという話をして、私も気持ち的に納得しました。)










【23000個のうちの5000個って何か意味があるの?】

……というのが検査を受けないにしても素朴な疑問で、先生に訊いてしまいましたが…


検査する5000個の遺伝子は、“遺伝子と診断名を紐づけしやすいもの”をピックアップしたものだそうです。

のこりの18000個くらい?は、検査して違いがあったとしても、「その遺伝子の異常が症状に関係しているかどうか分からないものが多い。」…と。




また例えば母親である私自身が、こういう“遺伝子を細かく見ていく検査”を受けたとして、ひっかかってくるものが出てくる可能性は十分あり得るとのことでした。



遺伝子に載せられている情報(先生は60億文字という表現をされました)は、皆それぞれ違っていて、1000文字に1文字はみんな違ったりするものだよ……と。



“遺伝科”ときいて、“遺伝子に異常がある”=“障害がある”というイメージが、偏見かもしれないけれど私の中にあったのですが、皆人それぞれ違っていて、たまたま違う部分がどこかに被っていると病気や障害があることもある……素人のすごいラフなイメージかもしれませんが、そんな印象ももちました。










【産科医療補償制度のこと】

今回の診察の前に、「もし遺伝子検査を無料で受けられることになったらの場合、事前に1つ確認しておいて欲しいことがある。」と先生からお話をいただいていたのですが……



それは、「もし検査で先天性の疾患がみつかり、娘の運動機能障害が脳性まひからでなく、別のものから来ていることが判明した場合、産科医療保障制度の補償金は返還しなくていいのか。」ということでした。



(※娘は2歳7か月のときに産科医療保障制度の認定が下りています。)




こちらについては機構に電話して私が話を伺ったところ……


「1度認定が下りたものについては、補償金の打ち切りや返還を請求することは一切ない。」

「補償認定は色んな分野の先生が集まって協議している。ここで認定が下りていればまず脳性まひで間違いないと思う。」



…と回答いただきました。


実は6月に長らく待っていた制度からの「原因分析報告書」が届き、その回答が“結局原因不明です”という内容だったのですが、“原因不明だけど脳性まひと断定して認可が下りた”…というのが自分には曖昧な感じも抱かなくもなくて……不思議にも思うところでした。










【遺伝子検査は見送ることに…】

遺伝科の先生のお話、神経科の先生のお話などを受けて、夫とも話し合い、「今のところ検査をして得られる大きなメリットはなさそうだよね。」と検査について見送ることにしました。



遺伝科を受診したそもそもの切っ掛けは、「胃の消化のアップダウンが異常に激しかったり、低血糖が頻発するのは、先天性の代謝疾患など病気が隠れているかもしれない。」……と在宅医の先生が紹介してくださったから……だったのですが、最近以前よりも消化・代謝の状態が落ち着くようになったので、「また劇的に状態が悪くなり、それが継続するようなことがあれば再度検査を検討するチャンスが欲しい。」と希望を伝え、先生も了承してくださいました。




娘が生まれてから、「この子の脳性まひの原因は分からない。」「原因については考えても無駄です。」と言われたことが度々ありました。


分かんないこと考えてもしかたないよね~と思う反面、障害の原因について悩んだり、疑問に思ったりするのも親の気持ちとしては自然なものだよね…と今回改めて思いました。



例え分からないことが大半だったとしても、そういう気持ちを汲んでくださる診療の場があることは嬉しいことだと思いましたし、出産して間もない時期にでもこういう話をきける場がもっとあってもいいのになあ~なんて個人的には感じました。



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Author:マカロニ
原因不明の脳性麻痺の娘・あおいについて綴るブログです。喉頭気管分離オペ・胃ろうオペを受けています。

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