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2018-11-10(Sat)

4年越しに産院と話をして…

先日娘を産んでから初めて、出産した産院を訪れてお話をさせてもらう機会がありました。



産科医療補償制度の申請にあたっては「出産した産院に連絡をとる」というのがファーストステップだったのですが、事務担当の人と遣り取りをしただけで、先生にお会いする機会は皆無だったのです。



今回私の方から先方にお電話し、「改めて先生と少しお話させてもらえないか。」とお願いしたところ、アポをとりつけることができました。

(夫と話し合って、「夫に娘をみてもらって、その間に私が1人で話をききにいく。」ということになりました。)





***


面談には、産院の医師の先生と、助産師長さんと思われる方(以下:師長さん)の2人が来てくださいました。



忙しい中時間をとって下さったことに感謝をお伝えし、娘のこれまでの生育歴や現在の状況について……生まれたときにここで何も説明が受けることができなかったということ……今日は原因分析の内容も含めてお聞きしたいことがある……等々私から話をさせてもらいました。




産院の先生はやはり普段とてもお忙しいらしく、この日わざわざ休診日に時間をとってくれていたのですが、それでも急に診なければならない患者さんがこの日も出たようで、開始早々席を外してしまうことに…。



※以下は師長さんとのお話に基づくものになります。



この産院の先生は本当に無口な先生で、助産師さんがかなりお産を取り仕切られている印象を受けたので、先生ほぼ不在という状況ではあったのですが、話した内容諸々は一応満足できるものでした。









【脳幹部分にのみ障害がある脳性まひ!?について】

まず娘の病状をお話しさせてもらいつつ、脳幹のみに障害があるらしいという脳性まひについて少し伺ってみたのですが、


「脳幹のみに障害があるというのは特徴的で、お産のときではなく、その前、妊娠中の脳の形成の過程で何かあったのではないかと思う。」

「生まれるとき、低酸素で脳の外側が圧迫されることはあるが、それが脳幹・脳のコアまで到達することは滅多に考えられない。」




…というのが、こちらの師長さんが経験則から語った意見で、これが正しいのかは分からないのですが、何となく娘の以前の主治医の先生と似た考えのように思われました。




また師長さんから、「(私の娘の)アプガースコア6点という数値も、身体が硬直していて、動きがない・活気がないことからくる採点で、出産前の心拍の記録をみても分娩時に赤ちゃんが苦しかったとは思わない。」というお話もあり、この辺りもはじめて耳にする情報でした。









【“生まれる前から障害に気付かないものなんでしょうか??”】

これは、私の方から口に出したわけではなかったのですが、何かの話の流れで、師長さんのほうから口にされた話題……。



「障害のある子が生まれると、なぜ気付かなかったのですか??と親御さんから問われることが物凄く多い。」と。


「でも技術の進んだエコーでも分からないことは本当に多い。臓器の疾患、手足があるかどうかなども、赤ちゃんの位置次第では発見できないものなんです。」と。





でもねえ…「親ならなんで気付かなかったんだ、ってどうしても思うよなあ。」とここは思ってしまいました…。(自分もそうだったし…)



障害のある子が嫌だとかそういう問題ではなくて、〝分かっていれば事前にハイケアが受けられる施設にいられたかもしれない〟〝よりスムーズに治療できて二次的な障害を防げる可能性も高まる〟…と後になってから色々思いが湧いてきたりもして…




子供のためによりよいベストな状況があれば後からとつい願ってしまうのも、親の思いじゃないのかな……と個人的な自分の思いを重ねてですが、感じてしまいました。










【自分が後悔していたことについて】

そして、4年も経ってなんてシツコイ、なんてウットオシイ人なんだ…!と思われるのは承知で、出産後自分が抱いてきた思いを少し吐露させてもらいました。




「娘がNICUに搬送されるとき、私は一緒に運ばれず、産後の経過をみるため5日間、1人だけこの産院に残る形になった。あとになって、私も娘と同じ病院に一緒に搬送(あるいは移動)できるようになぜ頼まなかったのか……そこで早く母乳を届けたり、もっと出来ることがあったのではないかと後悔している。」


「ここにいた5日間の間、母乳を運びたいから搾乳の指導をしてほしいと何回も頼んでも誰も相手にしてくれなかった。先生も助産師さんも誰も娘のことを説明してくれなかった。」


「今振り返ると、なぜもっと大きな声を出して、子供のことを聞いたり、自分の希望を言わなかったのだろうと思う。」







師長さんは黙って聞いてくれつつも、「赤ちゃんと一緒の病院にいたかった」という点について以下のように話してくれました。


「もし希望を口に出したとしても、私たちにそれを叶えられたかどうかは分からない。」

「転院させようと思っても、この地域の入院施設はものすごく混んでいて、病院ベッドが確保できるとも限らない。」

「どの道ここ(産院)に残ってもらうという可能性も充分にあり得た。」







結局切迫早産のときに、より大きい病院に罹れなかったのも、産後母体を転院できなかったのも、地域の医療の受け皿が小さいという事情に左右されてしまうところもあるのかな~と話をきいていて、少し疑問に思ってしまうところもありました。








【”分娩監視装置はずっと付けているものですか??”】


今回の産科医療補償制度の分析の中にて、「子宮収縮薬投与後、分娩監視装置を時々外しているのは基準から逸脱しているので、産院に提言します。」…みたいなくだりが記載されていました。


※11/14追加 上記の文ですが、”陣痛促進剤を使った場合”というのが抜けていました。


娘の出産前後、産院がとても混んでいたのか、助産師さんがすごく忙しそうで自分の所にはほとんど来ないという所感が残っていた私……(そしてどこもこんなモノなのかなあ、と。)




途中、「いきみ逃がしをしたいので歩いたりしたい。邪魔なので監視装置を外していいですか。」ときいて了解をとったことは覚えているのですが、アレよくなかったの…?と疑問に思ってしまってこれについても訊いてしまいました。



こちらについては、

「分娩室に入ってからはずっと付けておかなければならないが、陣痛室での付け外しはよくある。●●さんの監視装置は分娩室に入ってからはずっと付けていたので問題ありません。」というのが回答でした。


(およそ30分しか分娩室にいなかった気もするが…)





またさらにぶっちゃけて、「私が陣痛室にいる間、全然見てくれてなかった気がしてるんですが、助産師さんって割と傍についていないもんなんでしょうか。」と訊いてみたところ、これについては、「“何で私の方を全然みてくれないの!”とそういう苦情を受けることはしょっ中ですよ。」と。





「お産が順調な人にはずっと付いていないんです。」

「でも分娩監視装置が常に赤ちゃんの心音を転送していて、お産が難しくなっている人のところにいち早くかかれるようになっているんです。」
…とのこと。




そーすると、入院してからほぼ陣痛室にいて、分娩監視装置を(許可とった上だけど)外しまくってた私って大丈夫だったのか…という話に戻ってくるんですが、「生まれる30分前に記録された心音に異常がないなら、その前も異常がないだろう。」というのがこの師長さんの意見らしい。




この辺りどう捉えるか素人にはよく分からない…ビミョーな気もする……けどだから原因分析の中でも「基準から逸脱」とあったのかな…とボンヤリ思いながら聞き流してしまいました。



この分娩監視装置のことなど、前々から(というか4年も前から)お産の途中に疑問に思ったことなどを数点きかせてもらい、気持ち的にスッキリした部分もありました。











【産科医療補償制度は、“分娩時に低酸素になった可能性が疑わしい”…という人だけが対象になるのか??】


さらに、前回記事の最後らへんに書いた私の疑問を、この師長さんにもお尋ねしてしまいました。



「今回私が産科医療補償制度の補償対象内になったのは、結局のところ、分娩時に低酸素になった可能性がゼロではないから……ということなのでしょうか。」という聞き方を敢えてしてみたところ……


「分娩時に低酸素が起こっていなくても、補償の対象になる場合もある。」というのが師長さんの答えでした。






(※前回記事(コチラ)と内容が重複しますが)

産科医療補償制度が公式で出している文章に“先天性や新生児期の要因によらない脳性麻痺であることに該当する場合に、「分娩に関連した」と判断することにしている。”…。とありますが、娘の場合が多分まさにコレ…。




分娩のときに低酸素になっていない…そしてその他色々探って引っかかって来るものが取りあえずなかったという原因不明の脳性まひ……ウチの場合画像異常もないという状況もあいまって謎な気もするんですが、「原因不明だからこそ補償対象になったと考えて下さい。」という言葉をいただきました。






そして師長さんは、「脳性麻痺の内、30%はお産のときが原因。のこりの70%は感染症など、もう生まれる前から原因があったと考えています。」…ともお話になりました。




以前読んだ本(「脳性まひ児の早期治療」/過去記事に書いた本)の中で、「脳性麻痺の多くは(低体重出産・周産期の胎盤や臍帯のトラブルも)生まれる前に要因がある。」…というような説!?を目にしたことがありましたが、この産院の師長さんは極めてこの考えに近いな~とお話していて個人的にですが感じました。




何が正しいのかこの辺りサッパリ分からないけれど、原因不明のものについても、いつか少しずつ分かることがでてきて、脳性まひ発症の防止に繋がらないのかな〜なんて、やはり思ってしまいますね……。










【産科医療補償制度で救済されるのは…】


色々お話させてもらったけれど、今回1番印象に残ったかもしれない師長さんの言葉……。


「産科医療補償制度が出来てから、私たち産科に携わる人間は物凄く助かっている。」

「この制度が出来る前は、本当に沢山の先生が責められて、産院を畳んだり、別の診療科に移ったり、そんなことがたくさんあった。」

「産科医療補償制度は、産科の先生と母子の両方を救済しようという制度です。」






これを伺ってこの制度はやっぱり「国の少ない産科の先生を守る」というのが1番の本当の目的で、その目的はとても大事だし、制度はその目的を上手く達成できているのかな、と思いました。





師長さんとのお話の途中、「こういう場(=産科医療補償制度の対象家族と話しをする機会)はよくあったりしますか?」と何とはなしに思い切って訊いてみたのですが、少し驚かれた様子で、「いいえ、滅多にないんです。実は制度の対象者は●●さん(私の名前)で2人目なんですよ。」とお答えくださいました。






資料で確認した情報ですが、こちらの産院は、私が娘を産んだ前年度の分娩件数が約760件となっていました。



補償制度がはじまってから10年間の分娩件数を、雑だけど単純に掛ける10して約7600件あったとして、その内の2件……確かにごくごく少数の数字のように思ってしまいます。




そして同時に単に障害のある子供の出産がマイノリティというだけではなく、対象となれる家族がさらに少ない、少なすぎるという印象も持ってしまいました。









***

これまで産院について「もし何事もなく子供を産んでいたら、過程なんて何も気にならなくて、良かった思い出だけが残っているんだろうなあ。」とよく思っていました。



いざ訪問する前の日になってやっぱり行きたくないかもと思ったり、産院に着くと涙が出てきたリもしたけれど、出産後にずっと言えなかったこと・聞けなかったことを今回ぶつけることができて、心が軽くなったようにも感じています。



娘はこれからも定期的にMRIも撮るし、(大きくなってから損傷が見えてくることもあると聞いているので)あとになって更に分かってくることも、もしかするとあるのかもしれませんが、そのときはそのときでまた何か書けるといいなと思っています。



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Author:マカロニ
原因不明の脳性麻痺の娘・あおいについて綴るブログです。喉頭気管分離オペ・胃ろうオペを受けています。

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